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岡山県・真庭市の暮らし体験記 《前編》まにワッショイで暮らしてみる

大阪でギター・ベースの製作とリペアの工房「Gombo bass guitars」を営む松原哲也さん。町工場に囲まれた下町・平野区にある工房には、若いバンドマンからコレクターまで、日々さまざまな人が訪ねてくる。松原さんは、お客さんと対面しながら、楽器の修理や製作にまつわるすべての工程を、ひとつひとつ手作業で丁寧に作り、整えていく。

職人の道を志し一度あきらめ、また職人の道へ戻ってきた。独立して2年。周りには音楽仲間もたくさんいるし、昨年は結婚もした。自分のペースで大好きな楽器に日々触れながら過ごす毎日はとても恵まれていると感じている、のだ。

でも、なにかこのままでは……漠然とした不安と、もっとおもしろく働き生み出すことにも向き合って動いていきたい。日々を過ごし頭で考えていても、はっきりとした答えなんて出ない。そうであれば、いつもの町を出て、知らぬ場所へ。

行き先は岡山県・真庭市。“自然豊かな林業の町”、そんな超ざっくりした情報だけをもって、出かけてみる。旅行ではなく試しに暮らしながら、仕事をふくめて生活のことをのんびり考えてみよう。奥さんのほんちゃんも一緒に。

まっちゃんとほんちゃんの岡山・真庭物語のはじまり〜!

写真・加瀬健太郎 文・菅原良美

11月上旬。朝はやく新大阪を出発し、岡山駅へ。車で1時間20分ほどの道中、今回の目的地「真庭市」へ近づくにつれて、どんどん緑の景色が迫ってくる。「めっちゃ雨男だからなあ……」と心配しながら外を眺めるまっちゃん。晴れたり曇ったり、ころころ変わる空模様は、ギリギリのところでもっている。

岡山県真庭市。中国山地のほぼ中央にあり、岡山県の北部に位置する市。“晴れの国おかやま”と呼ばれているが、北部では雪もたくさん降り、四季がはっきりした気候らしい。市の面積の約8割が森林で、ここから伐り出されるヒノキの生産量は日本一。林業や木材産業が盛んだ。北部には蒜山高原が広がる。

今回まっちゃん夫妻が滞在するのは市の南部。農林業が盛んで、今でも伐採事業者や木材加工会社も多く、真庭市が積極的に取り組む「木質バイオマス産業」でも有名だ。そんなエリアの中でも中心地となる市役所のある久世(くせ)という町へ向かった。

町の中心部にあらわれる、広大な製材所。巨大な木材の迫力に圧倒される。

岡山市内には何度か訪れたことがあるまっちゃんと、岡山に暮らす親戚がいるというほんちゃん。縁がないわけではないけれど、「まず旅行先として選ぶことはないよね」と笑いながら、未知なる土地との出会いにワクワクするふたり。

まずは、寝泊りする家へ!と、向かったのは、「まにワッショイ古民館」と名付けられた町の交流スペース。明治初期に建てられた古民家を改装した家だ。

「ひ、ひろい……」

木造二階建ての母屋と離れ。立派な中庭、長い廊下、歩く先々にある扉を開くとこれまた広〜い部屋が登場……の繰り返し。これぞ日本昔話の世界で、迷路のような空間をぐるぐる周りながらひとしきり探検を。


今回真庭市へ試住をする主人公、まっちゃん・ほんちゃん夫妻。

ちょっとすると、「どうもこんにちは〜」と、この家を管理している岡本康治さんが登場! この久世地域を愉快に盛り上げる若手主体の団体「まにワッショイ」のリーダーであり、ここから歩いて5分ほどの場所にある割烹旅館『おかもと』の五代目の岡本さん。ゆうに20年以上は住人がいなかったこの立派な家を、どうにか活用したいと持ち主と交渉して、アーティスト・イン・レジデンスにしたり、イベントごとに使ったりと、家にふたたび灯をともした。

「がんがん好きに使ってね!  困ったことがあったらいつでも連絡ください」と気さくに声をかけてくれた岡本さんに、ほっとするふたり。

到着してすぐに町の中心人物であろう方と接触! 良い感じのスタートだ。

さて、まずはどこへ向かおうかと地図を広げると「ぶはっくしょおおんっ!」ほんちゃんがくしゃみを連発。ひんやりとした空気がふたりを包む。「う〜〜寒いッ!」この日は昨日の穏やかな秋晴れから一転、ぐっと冷え込んでいる。しかもこの家には普段人が住んでおらず、レベルの高い鬼ごっこができる広い間取り、木造が故の隙間風も所々からひゅるり……押し寄せる冷気……あああああ。予想以上に冷える足元をさすりながら、「まずは足元からや!  分厚い靴下を買いに行こう!」と商店街へでかけることに。

家から歩いてすぐの商店街へ。

きょろきょろ周りを見回しながら歩いていると、なんだかおもしろそうなおじさんと目がパチリ。

笑顔で迎えてくれた「スミダ商店」のお父さん。

地元産の野菜や果物、加工品が並ぶ「スミダ商店」二代目の住田和久さん。今日は三代目で現・代表の息子さんが配達中とのことで、ちょうどお店番中だった。「ここはこの町の八百屋だよ!」と笑顔で商品を案内してくれる。終戦後からこの町の食生活を支えてきた。さっそく(暖かい)店内へ。

地元産の果物や野菜は、どれも大きくつやつやと新鮮さを放っている。番茶にお味噌、醤油にオリジナルのジャム……目移りしながら夢中になって物色するふたり。さっそく最近赤ちゃんが生まれた友だちへのお土産を購入。

ほんちゃん 「珍しい野菜も、旬の果物もどれも本当においしそうやな! 無農薬のものとか有機栽培のものも多くてお店のこだわりも感じられるし。お店の雰囲気も温かいし、“町の八百屋さんである”ってポリシーが感じられていい。こういうお店が近所に一軒あるだけで、生活に安心感が生まれるから」

この町の台所を想像しながら、ひとつひとつの商品をながめ、気になった商品を抱えて店をあとに。そのまま商店街をまっすぐ進んでいくと、「おしゃれショップ」なるお店が!! 待ってました、さっそく突入です。


「今日は急に寒くなったからねえ〜」と迎えてくれたお母さん。あったか靴下のラインナップも抜群。選び放題です。靴下なのかスリッパなのか、はたまた靴なのか……とにかく分厚いあったか靴下をリーズナブルな価格でご購入。ほっとして、ふたたび町散策へ。





散策途中で、岡本さんから一本の電話が。

「今日の夜は決まっている?  一緒にごはんどうですか?  周りの仲間にも声かけてみようと思って」という。

ちょうど地元で晩御飯のお店を探していたふたりにうれしい連絡。ナイスタイミング! ありがたくご一緒することに。

 

左から岡本さん、保谷さん、白寿庵の鈴木さん。ギターの音色とともにお出迎え!

待ち合わせは、地元の豆腐店「白寿庵」。四代目の鈴木尚さんは岡本さんと同じく「まにワッショイ」のメンバーで、地域の活動やボランティア、恋愛相談までなんでもこいの人気者。とっておきの豆腐料理でもてなしてくれた。「ギター職人が来た!」と聞いて、自前のギターを持って駆けつけてくれた地元の高校の先生も奥で歌っている……。岡本さんの計らいで、一気に久世の町へ溶け込んでいく。「登場人物みんなキャラクターがすごい!」と驚きながら、みんな一緒になって大阪での生活のことや、仕事のことを楽しそうに話していた。

まっちゃん 「岡本さん、なんで今日来たばかりの僕らを誘ってくれたんですか?」

岡本さん 「えーっとね、まにワッショイ顏だったから(笑)。久世は癖の町だって最近言っているんです。多様なおもしろい癖のある人が集まっているから」

まっちゃん 「まにワッショイ顔……よくわからんけど、ありがとうございます!」 

岡本さん 「さっき、古民館の前を通ったら、二階の窓枠を布団でふさいでいたでしょ? うわあ申し訳ないなあ、寒いよなあと思いながらも、自分たちで工夫して環境を作ってくれているのがうれしくて。お二人に来てもらえてよかったなあと思った。だからいろいろ話したり、この町にいる“癖”のある人たちも紹介したくなって」 

ほんちゃん 「あんなに大きな木造の古民家やから、隙間風があるのも当然で。でもお布団がたくさんあったり、商店街がすぐそばにあるから、その中で自分たちなりに『ここはこうしてみたらどうやろう?』って考えるのが楽しかったんです。でもまさか、あの布団を見られていたとは……(笑)。そうか、あの通りはみなさんがよく通る道なのですね」

岡本さん 「ふだんは灯がついてない家に、人の気配があるとなんだかうれしくなった。ついつい気になって用もないのに前を通ってみたり(笑)」

岡本さんのお店、割烹旅館『おかもと』にて。町のみなさんの食卓に混じって鍋をふるまっていただく。

 

まっちゃん 「いやあ、“まにワッショイ顔”で良かったです(笑)。ただ旅行に来たら、お店に入って、飲んで食べてそれで終わり。こういう瞬間に出会うことってなかなか体験できないから」

ほんちゃん 「大阪でもそうやけど、お店に入っても知り合いがいて挨拶するくらいで。こうしてまったく知らない土地で普通にふらっと入ったお店で一緒に飲んだり、誕生日をお祝いしてしまったり(笑)、すごく自然にお互いのプライベートに入っていく感じで。それも一晩で! それはまず大阪ではありえへんから。お店にいた人全員と一緒に食卓を囲んでたな」

まっちゃん 「ここに集まっている人も、いつものメンバーかと思いきや、2回目ですっていう人もいたり。びっくりしたわ」

ほんちゃん 「めっちゃ私たちを歓迎してくれる気持ちを感じた。それにしてもみんなのキャラが濃くて濃くて……(笑)」

まっちゃん 「完敗やな」

岡本さんと、この日広島から出張でこの町に来ていたお客さんと一緒に。

まっちゃん 「初めての就職で、新潟県の佐渡島のギター工場で働いていた時、仕事はめちゃくちゃ楽しかったんやけど、なかなか周りの環境になじめずしんどくて。最初は田舎で暮らすことにも興味があったし、好きな釣りができるから楽しそうやな〜くらいの気持ちで行ったから。でも、寮に入って仕事も休みもいつも同じ人と一緒で、人間関係が広がっていかなかった。佐渡ではリタイアしてしまったけど、もし今日みたいなコミュニティがあったり、地域の人との関わりがあれば全然違っていたやろうなあって思った」

ほんちゃん 「そうやね」 

まっちゃん 「今日みたいなにぎやかな夜も日常の光景なんやろうけど、もっと長くいたらどんな日々が過ごせるのか知りたくなった。2週間は必要やね(笑)。この町で、働いて帰ってきて、温泉行って眠る。なんてことない日を過ごしてみたくなったな」

 


後編は、真庭の山奥にある創作家具の工房「MOMO工房」の元井夫妻に会いに。この町でものづくりをすること、自然との関わり、そして夫婦で働くことについてレポートします。

 

編集協力:岡山県真庭市
真庭市移住・定住推進サイト http://i-maniwa.com/

松原哲也さん
1984年、大阪府生まれ。ギタークラフト職人。楽器の製作やリペアを行う、工房「Gombo bass guitars」代表。大学卒業後、ギタークラフトの学校へ入学。卒業後大手エレキギター・ベースの製造工場へ入社。退社後、会社員とリペアマンの兼業期間を経て、2014年6月に独立した。

岡山県・真庭市の暮らし体験記 《前編》まにワッショイで暮らしてみる
(更新日:2016.11.30)
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気になるあの街で、試しに暮らす、行き来してみる。自分の体で土地の空気を感じ、地元の人と触れあえば、移住のイメージはもっと膨らむはず。
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