特集 地域で暮らしを
つくる人の声を聞く時間
「文化の本質はローカルにある。」世界が知らない日本のローカルを伝える【ジャパン・ハウス地域活性化プロジェクト】始動!
スシ、ウキヨエ、キモノ——といった海外の人が日本に抱く“お決まり”のイメージ。型にはまったままの情報をアップデートして、広い視野で日本の魅力に触れてもらえたら、世界の中で、日本は今まで以上に存在感を発揮できるかもしれません。
世界のより多くの人に日本の多様な魅力を発信すべく発足した、外務省による海外拠点事業「ジャパン・ハウス」。今年、ジャパン・ハウスを拠点にした新たな取り組みとして、日本の地域(=ローカル)の魅力を発信していく「ジャパン・ハウス地域活性化プロジェクト」がスタート。その発表会が、2018年3月2日、渋谷ヒカリエ8/COURT,CUBEで開催されました。
発表会には、ジャパン・ハウスの総合プロデューサーを務めるデザイナーの原研哉さん、同プロジェクトの企画展示に連携参加する「燕三条 工場の祭典」からは新潟県三条市長の國定勇人さん、国内外のさまざまなフィールドで活躍中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンさんの3人が登壇し、パネルディスカッションを実施。「ジャパン・ハウス地域活性化プロジェクト」への取り組み方や、今後のジャパン・ハウスの活用方法について、アグレッシブな意見やユニークなアイデアが飛び交いました。
文:高羽千佳
ステレオタイプじゃない
日本の魅力を発信する
「ジャパン・ハウス」とは?
ジャパン・ハウスは、「日本を知る衝撃を、世界へ」というプロジェクトテーマをもとに、展示やセミナー、日本製品の販売、食の提供を通して、日本の魅力を世界へ発信する海外拠点施設です。2017年4月に開館したジャパン・ハウス サンパウロはその先駆け。開館初日には、アップルストアの新商品発売日さながらの行列ができ、約7,000人が押し寄せたとか! 同年12月にはロサンゼルスで一部の施設がオープンし、今年は3拠点目となるロンドンの開館を予定しています。
まずは、総合プロデューサーの原さんから、開館から約1年が経つサンパウロを例に挙げながら、ジャパン・ハウスの説明と現状の報告が行われました。
原さん:ジャパン・ハウス サンパウロは、市内のめぬき通りにあります。元銀行だった建物を、建築家・隈研吾さんのデザイン監修で、ヒノキや和紙といった素材を駆使して改築しました。25mプールくらいの広さがあるギャラリーでは、毎回テーマを設けて日本を伝える展示や紹介をしています。第1回目のエキシビジョンは、現地スタッフのキュレーションで“BAMBOO(竹)”をテーマに行いました。竹職人の精巧な技や、暮らしに根付いた竹の文化を、展示や映像、空間演出などを交えながら。
日本文化に触れてもらうトークやワークショップでは、ファッション、テクノロジー、料理などの情報を発信しています。館内には、お弁当箱から先端繊維のファッションアイテムまで日本の上質なものを扱うショップや、見た目も味も繊細で美しい日本食を堪能できるレストラン、約2000冊を閲覧できるライブラリスペースなどもあり、高度なホスピタリーとともにコントロールしていくわけです。現地の注目度の高さは予想以上で、すでに約70万人が来場しています。
原さん:ジャパン・ハウスでは、紋切り型の日本の紹介はしません。サブカルチャーからハイカルチャー、テクノロジーから伝統文化までをしっかりカバーし、やわらかい頭で日本の魅力を見つめ直し、情報を発信していきます。サンパウロ、ロサンゼルス、ロンドン、それぞれの国の特性に合った伝え方を探る必要があるとも考えています。
原さん:特に大事にしたいと思っているのが、ギャラリーで行われるエキシビジョンです。現地でキュレーションしたものだけでなく、日本での公募によって選ばれた3つのエキシビジョンが、2ヶ月ごとに3都市のジャパン・ハウスを巡回していく予定。
また、今年オープンするジャパン・ハウス ロンドンで「ジャパン・ハウス地域活性化プロジェクト」の初企画となる、新潟県燕三条地域の「燕三条 工場の祭典」と連携し、日本のものづくりをキュレシーションしたエキシビジョンを展開します。どうぞご期待ください。
燕三条地域の技術を世界へ
金属製品の一大産地として知られる新潟県燕三条地域で、2013年度からスタートした「燕三条 工場の祭典」(以下、工場の祭典)は、同地域の名だたる企業や町工場が普段はなかなか見ることができない工場を一斉に開放し、誰でもものづくりの現場を見学・体感できるというユニークな内容。
それでいて、ジャパン・ハウスで展開するエキシビジョンは、各都市で暮らす事務局の人やキュレーターが、“現地の視点”
日本の地域とこのジャパン・ハウスが混ざりあう試みとして、
國定市長:燕三条地域の金属加工技術に自負はあるものの、いざ商品になって売り場に並んだ時に、そのすばらしさをわかってもらうのは非常に難しいんですね。だから、「工場の祭典」では一般の方にものが生まれる工場に足を運んでもらい、作る人や実際の作業を目の前で見てもらうことで、“技術の見える化”を図りました。東京のクリエイターの方にも仲間に加わってもらい、ビジュアルや企画の見せ方を工夫したことで、ものとしての魅力を実感してもらえるイベントに仕立てることができました。
地元でのイベントが盛況を博したからと言って、ジャパン・ハウス ロンドンで取り入れる「工場の祭典」を日本人だけの感覚で作っていくと、必ずどこかでミスマッチが起こると思うんです。僕たちが考える表現のしかたについて、英国人の感性を知るジャパン・ハウス ロンドン事務局の方やサポートしてくれる皆さんと、時間をかけてやり取りしながら作り上げていきたいですね。
國定市長:そこで課題になるのが、言語を乗り越えて伝わる見せかたをするということ。そうしないと小手先だけの伝わりかたになってしまう。地元で行った「工場の祭典」に来た外国の方々が驚かれていたのは、あれだけシェイプの美しい爪切りが、機械ではなくすべて手作業で作られているということ。そうした想像の裏切りが、言葉の壁を乗り越えて、感性で伝わっていくと思うんです。ロンドン、サンパウロ、ロサンゼルスに住んでいる方々が、燕三条の駅に降りたつ動機づけとなるような驚きを、どうやったらジャパン・ハウスで演出することができるのか……というのが、ロンドンのプロジェクトの実現を控えた僕らに課せられた宿題だと感じています。
広がるジャパン・ハウスの可能性
ジャパン・ハウスは、多様な日本の地域の魅力の発信とともに、若い世代が世界で活躍するチャンスを提供する場でもあり、日本のものづくりの価値と価格設定への理解をアピールする場としても期待されているようです。国際ジャーナリスト、DJ、作家など、さまざまな分野で活躍するモーリーさんの柔軟な発想を皮切りに、ジャパン・ハウスのさまざまな可能性を探る、活発な意見交換が行われました。
モーリーさん:今、日本の音楽、ものづくり、絵画・映像表現といったクリエイターたちの中には、今までのテンプレートをぶち破って、インディペンデントな作品づくりができる人たちがたくさん出てきています。でも、日本では表現する場やサポート体制がまだまだ少なくて、なかなか日の目を浴びない。そういう場合、大抵“海外からの評価”という代名詞がついて初めて国内にすごいことをやっている人がいることに気づくんです。ジャパン・ハウスの存在が、国内の才能あふれる人材に気づくきっかけになるといいですよね。
原さん:若い人たちにも、ジャパン・ハウスのことを「ここは使える」と思っていただきたい。決して閉じられた場所ではなくて、意欲に応じては門が開かれ、展示会を開催することができる。そうした空間を世界の都市に日本が持っていることを知ってほしいし、若い人たちにぜひ使い倒してもらいたいですね。
モーリーさん:日本の若いアーティストは、作品への愛があればお金は二の次という人が多い。ちなみに音楽を例に出すと、日本のDJのギャラは有名な人でも2〜5万円だけど、同じ規模のイベントで欧米では30万円。やはり本気で取り組むのであれば、「ビジネスとしてきっちり稼いでやる!」ぐらいのプロ意識が必要。ジャパン・ハウスで世界に触れることで、そうしたプロ意識が覚醒すると思います。
原さん:例えば、フランスのワインが1本30万円しても驚かないけれど、なぜ日本酒のすごくおいしい一升瓶が3800円なのか。その“価値の差”がどこから生まれてくるかということを、本気になって追究していくことが大事だと思いますね。ジャパン・ハウスでの発信もその一環ですが、いずれ海外の人たちが日本へ訪れるようになった時に、ラグジュアリー市場に日本酒を売る覚悟とビジョンをもって、したたかに準備しておくことも大事だと思います。
國定市長:ヨーロッパでは、すでに燕三条の商品を扱ってもらっているところもありますが、数万円の包丁など、国内でさえ高いと言われているのに、ヨーロッパでは通関や輸送コストの関係で日本の2.5倍の価格を付けないと成立しないんです。ジャパン・ハウス ロンドンでの企画や展開を工夫して、2.5倍の価格でも当然のこととして受け止めてもらえるように努力したいと思っています。
原さん:日本のものづくりは、高いバリュー、いわゆる“高い品質”を兼ね備えていると思うんです。これからはそれをただ生み出すだけでなく、どれだけ高額であっても手に入れたい、買いたいと思ってもらえるように、見せかたや伝えかた、そしてサービスの連携を含めた価値の体系を育てていく必要がある。日本の人たちは「いいものを作れば買ってくれる」と思いがちだけど、なぜすばらしいのか、背景や過程をちゃんと説明でき、サービスとして具現できてこそ、初めて対価を支払ってもらうことができるんです。
文化の本質は“ローカル”にこそある
「ジャパン・ハウス地域活性化プロジェクト」のスタートにあたり、ジャパン・ハウスが日本の地域に根付いた技術や知識と世界を結ぶハブ的存在として機能し、さらに、そこでの交流がローカルな技術をさらに育ててくれるのではないか———。イベントレポートの最後に、そうした期待が感じられるような3人のコメントを紹介します。
國定市長:僕たちの都市は、燕市と三条市を合わせても、たかだか18万人の小さな都市です。こうした燕三条と同じ規模感の都市は日本にたくさんあるので、僕らがロンドンでのプロジェクトに成功して、次にバトンタッチすることができれば、本当の意味での地域創生、地方創生ができるのかなと思っています。……がんばります!
モーリーさん:燕三条を一つの例にすると、アクティブで技術のある職人が、燕三条からロンドンのジャパン・ハウスでパフォーマンスをする。そして、現地の感性に触れて自分の技術を見つめ直して地元へ帰ってくる。一方、ロンドンで職人のパフォーマンスに刺激を受けた人が燕三条へ出向き、現地で見学・体感した技術を自国へ持ち帰る。そんなふうに、ジャパン・ハウスを拠点として、まるでジャズセッションのようにいろんな人と文化が出会い、感性が混ざっていくことで、ローカルな技術がさらに磨き上げられていくはず。伝統を守ることも大事ですが、私はむしろ日本独自の表現方法や技を旅に出し、世界を回遊させた方が、再び日本に帰ってきた時により芯が太い技術になるのではないかと思います。
原さん:グローバルな時代ですが、グローバルな文化というのはなくて、文化の本質はローカルなものです。グローバルになればなるほど、ローカルの価値は高まる。そういう意味でグローバルとローカルは一対です。そのローカルな文化をどうやって磨き上げて、世界に発信していくかが、これからの課題。日本の文化の本質は、サードプレイス、フォースプレイスという奥深い場所にあると思うんです。先日、新しい民泊ビジネスで知られるAirbnb の創業者の一人、ジョー・ゲビア氏が、奈良へ吉野杉を見に行った時に、「一番おもしろかったのは割り箸工場だった」と話すんです。本来捨てるはずの木材の端から次々と割り箸が生み出されていく様子に興奮したとか。世界中を見てきた人がそういったことに何かバリューを感じるという事実を、きちんと我々が把握できた上で、このプロジェクトを推し進めていければと思います。
独自性の高い日本の魅力を世界に発信する外務省の海外拠点事業「ジャパン・ハウス」。展示、プロダクトの販売、食の提供などの機能を持つ同名の複合施設を2017年4月にサンパウロで開館し、同年12月にロサンゼルスで一部が先行オープン。今年はロンドンでの開館に向けて準備が進行中。「ジャパン・ハウス地域活性化プロジェクト」は、ジャパン・ハウスでの展示や企画を通して、日本の地域の魅力を発信。同プロジェクト初企画として、今年開業するジャパン・ハウス ロンドンにて、新潟県燕三条地域の「燕三条 工場の祭典」と連携した企画を実施することが決定。
http://www.japanhouse.jp
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