特集 私の、ケツダン
こえを出し、こえを届ける。“村民さん”とつくる図書館。 <鳥取県・日吉津村>
「村上さん、7冊ペースですね」。図書館の中で本を探してると、返却カウンターの方から女性の声が聞こえてきた。「図鑑、重かったね。」「おかえりー!」など、その豊かなバリエーションの一つひとつは、“特定の誰か”に向けられているようだ。
ここは、鳥取県で唯一の村、日吉津村(ひえづそん)の公立図書館「日吉津村図書館」。明るい陽が差し込む室内でひびく、ひときわ明るいあの声が、この図書館の日常だ。
声の主である土井綾子さんは、前身となる日吉津村中央公民館の図書室時代から勤務し、2015年6月のオープン以来、図書館の職員としての日々を送る。県立図書館をはじめ、県内の他の公立図書館との繋がりも強く、同僚からの信頼も厚い。
本を借りるだけであれば別の図書館でも不足はない。
写真:波田野州平 文:水田美世
“狭さ”じゃなくて“近さ”を感じる
開けた大地
鳥取県西部に位置する県内唯一の村、日吉津村。面積はわずか4.2㎞平方四方で、バイクを15分も走らせれば、村を一周できてしまう。東、西、南の陸地は商業都市米子市に囲まれていて、北は日本海に接する。平成の市町村合併の際、住民からのこえで住民投票を行い、圧倒的多数で単独を貫いた、気骨のある村だ。
山も谷も視界を隔てるものは何も無く、中国地方の最高峰「大山(だいせん)」の勇姿を、村内どこからでも目にすることができる。この開けた大地は、ここに暮らす人たちに「包み隠さず、土俵に上げる」という自治の精神を、育ませるのかもしれない。
土井さんが務める「日吉津村図書館」は、村のほぼ真ん中に建つ複合施設「ヴィレステひえづ」の一角にある。「ヴィレステひえづ」もまた、住民の声を拾い、議論を重ねて生まれた場所だ。
1年半かけて、2カ月に1回のペースで実施された、ワークショップ形式の検討委員会。どんな機能があったらいいか、村にとって必要なものは何かを、住民たちと話し合ってきた。
「健康相談がしたい」、「小さい子どもとゆっくり過ごしたい」、「学習スペースが欲しい」、「カフェでお茶ができたらいい」、「村民が集えるホールが必要」……。さまざまな要望を叶えるために採用されたのが、多目的に利用できる広いフリースペースだった。
現在「ヴィレステひえづ」に入っている公民館、図書館、健康増進の機能は、このフリースペースがあることで、管轄を超えて住民同士が向き合うことができ、相乗効果が生まれているという。
「健康診断に来た方が、待ち時間に図書館で新聞や雑誌を読んだり、逆に絵本を借りに来たお子さん連れの方が、保健師さんに発育相談ができたり。あと、自分たちが予想していなかった使い方を村の人が提案してくださることもあったりして、嬉しいですね」
フリースペースでお弁当を広げていた親子連れに、目を留めながら土井さんは続ける。
「広いフリースペースを確保するには、図書館の広さが限られてしまうことは分かっていました。でもその代わり、図書館の企画をこのフリースペースですることができるんです。読み聞かせの会も「ひえづっこ広場」というカーペットの部屋でやっています。館内でできないことは、こちらから飛び出していけばいいんですよね」
住民一人ひとりが必要なことを考え、提案をこえに出す。そしてそれらを拾いあげ、議論を重ねてかたちにしていく。日吉津村がやってきた、人と人との関わり合いの中で物事を決めることは、シンプルだけど難しい。でもこの小さな村は、それを実現している。
ここの大地には、視界を隔てるものがないと言った。遠くまでよくよく見通せるということは、「隠せない」ということでもある。うれしいことも、つらいこともすべての風通しがよいのだ。しかし、日吉津村には、“狭さ”というような窮屈さではなくて、安心感のある“近さ”の方を感じるのはなぜだろう。煩わしさやしがらみさえも含めて生きていく糧にしよう、そういう前向きな意思がこの村の脈を打っているように感じるのだ。「自治」とは、思っていたほど堅苦しいものではないのかもしれないと思った。
「いまもお客さんに教えていただくことがとても多いんですよ。話題の本もそうですし、あと、図書館では毎日、地方紙や全国紙に掲載された日吉津村に関連する記事を、複写して保管しておくんですけど、利用者の方が、『新聞のここに日吉津のことが載っとったよ』って、教えてくださることがあるんです」
自分たちにとって必要な場所は、自分たちで作って育てていく。そういうたくさんの人々の思いに支えられてきたからこそ、土井さんは「“村民さん”のおかげで、“村民さん”がつくった図書館」だと、自らの働く場所を誇らしく、そして愛おしく語る。
ひょんな巡り合わせからつながった、
図書館員という仕事
幼いころから本には親しみがあり、年上の子が読む分厚い物語を早く読みたがったという、土井さんの子ども時代。でもまさか自分が図書館に勤めるようになるとは思いもしなかった。
「実は大学で、司書の勉強もしたんですけど、私は学校の先生になりたかったので、途中で怠けて司書は諦めたんですよ。細かい文字で、図書カードを書く几帳面さは、私にないなと思って。それにおしゃべりも好きで。図書館って静かにしないといけないでしょ。だから私には難しいかなと(笑)」
一度手放した憧れは、ひょんな巡りあわせでもう一度目の前に現れた。結婚を機に、出身地である大山町から日吉津村に移り住んだ土井さんは、幼い二人の子どもの育児をしていたときに中央公民館の仕事をみつけた。
「その公民館の中にたまたま図書室があったんです。本が3000冊ぐらいしかない小さな図書室だったんですが、徐々にそこの仕事が増えていったんですよね。そしたら、図書館を建てるタイミングにちょうど遭遇して。どうしよう、もう一回勉強せんといけんなって。でも新しい図書館を作っていく過程は、すごく楽しかったですね」
県内の市町村で唯一、公立図書館がなかった日吉津村。幸い鳥取県は、地域のための知的基盤を整えようという取り組みが活発で、他県と比べても図書館の職員を育てていくことに熱心で、公共図書館や学校図書館との密な連携ネットワークもあった。だから土井さんは、それぞれのよいところを、日吉津村図書館に生かしていくことができたという。
たとえば、日吉津村よりも南の山間部に位置する日野町(ひのちょう)。起伏のある土地柄、集落間に距離があり、行き来は容易ではない。そこで、図書館に来る人を待つだけでなく、積極的に地域の中に出かけていこうという試み「まちじゅう図書館」を行ってきた。
「日野町の図書館は販売者とタッグを組んでいて、商店や喫茶店、人がよく集まる個人宅などに図書館の本を置いて、町民の人が本を借りやすい環境を作っているんです。すばらしいですよね。そういう取り組みをしている館長さんをはじめ、本当に人に恵まれた中で、図書館のABCから教えてもらいました。
こんな何とも言えんのが手伝いさせてもらえて、本当にありがたかったし、いい経験をさせてもらってます」
謙虚な言葉の裏側に、土井さんが積み上げてきたものの確かさを感じる。さまざまな人のアドバイスや他所での事例を、村の利用者層や立地条件を踏まえて取り入れ、実践を重ねてきた。蔵書は約3万冊、中央公民館時代と比べて、実に10倍の冊数を扱っている。
カウンターごしから
どんどん顔が見えてくる
もともと教員になりたかったという土井さんは、広島県の大学を卒業後、国語の高校教員の採用試験を受けながら3年間、鳥取県内の高校で講師を務めた。講師とは、産休に入る教員の代わりや補助教員として、1年ないし半年間勤務する形態のことだという。
「がんばったんですけど、結局、教員にはなれなかったんです。でも、図書館にいると、子どもと関われる機会が本当に多い。今は、『朝読』といって、朝の読書の時間に小学校に行くんですね。子どもって、図書館の人だろうと誰だろうと『先生』って呼ぶんですよ。だから『土井先生』って言われると、恥ずかしさもあって、『わー、先生じゃないよー』って返すんですけど(笑)」
土井さんが子どもについて話すとき、明るい声が一層弾み、瞳は三日月形に細く弓を描く。お母さんに連れられて、赤ちゃんの頃から図書館に来ていた子が、いつしか自分の足で歩くようになり、カウンターに頭をごつごつぶつけていたと思ったら、顔がだんだんと見えるようになっていく。そういう過程を見れるのが何より幸せだという。
「ほとんどの男の子は図鑑が好きになって、一人で5冊とか6冊とかを借りて帰るようになるんです。3月になると、幼稚園に上がったり新入学とかで生活のリズムが変わって会えなくなる子が増えて、少し寂しかったり。でもしばらくすると、うんと身長が伸びた姿でやって来たりするんです。ボールを持っていて、『あ、サッカーやってるんだ』って、分かったりするのが楽しくて」
子どもたち一人ひとりに声を掛け見守ってくれる土井さんは、子どもたちはもちろんその親たちにとっても、かけがえのない存在になっている。教員としてではないけれど、いま、図書館の職員として、子どもたちの成長に立ち会える時間が、土井さんにとってもパワーの源なのだ。
ここでしかできない働き方。
求めてもらえるから、自分の色が出せる。
近隣の市町村からも利用者が多く、多い月は6000冊を貸し出す日吉津村図書館。土井さん含めて職員3名で仕事は回るのだろうか。開館以来、土井さんと4年一緒に働く同僚の佐伯美由紀さんに伺った。
「本の返却が多い日はちょっと大変です。でも、お客さんからのリクエストやご意見はもちろん、すごく小さなことでも、3人なら気軽に共有できますよね。このスペースだから、他の2人が何をしてるかが分かるし、フォローもしあえていいですよ」
あるとき、土井さんが休みの日に図書館にやってきた。その日の夜、カウンターにいた佐伯さんの様子を気にかけ、「元気がなさそうだったけど、大丈夫? 明日、シフト代わろうか」と、メールが届いたという。
「私としてはいつも通りのつもりだったんですが、土井さんはそういう些細な変化を見逃さないんです。お客さんにもいつも目を配っておられますね。小さい村なので、みんなの顔を分かっている、“日吉津のお母さん”、そんな存在です」
たとえ他愛のないやり取りだとしても、その一つひとつに心を砕き、自然と向き合えるのが土井さんだが、本人いわく、“それなりに人見知り”で、日々緊張することや反省することが多々あるという。そんな土井さんは、ここだから働けるのだと話す。
「村民さんに求めてもらうから、こうやって自分のカラーを出させてもらえているんですよね。だから、どこか他のところでやりなさいって言われたら、ようせんかもしれんなって思います。
同僚にもすごく支えられてるし、『ヴィレステひえづ』に関わる各課のスタッフの方も、アイディアをたくさん出してくださって、一緒に同じ方向を向いていると感じているので。もし、『明日から、カウンター内ではしゃべっちゃいけないよ』とか言われたら、たぶんできないだろうなって(笑)」
「隠せない」という土地柄が、ありのままの自分と、ありのままの他人を受け入れることを可能にしていくのかもしれない。一人ひとりの顔が分かり、よそ行きではない関係性をつくることのできる日吉津村図書館では、今日も土井さんの「おかえり」の声が聞こえているだろう。
日吉津村図書館
鳥取県西伯郡日吉津村日吉津930番地 ヴィレステひえづ内
TEL:0859-27−0204
営業時間:火~日 9:30~18:00
休館日:月曜日・祝日・最終木・年末年始(12/29~1/3)・特別整理日
http://www.hiezutoshokan.jp/finder/servlet/Index?findtype=9
鳥取県・日吉津村(ひえづそん)
鳥取県西部に位置する県内唯一の村。バイクで15分あれば1周できるコンパクトさで、四方は米子市と日本海に囲まれている。2003年に住民投票で単独自治を決めたことでも知られる。人口は約3500人。買い物には大型ショッピングセンター「イオン日吉津店」と農協直営スーパー「アスパルひえづ」が便利で、子育て世代に人気の新興住宅地もある。毎年、成人を迎えた住民に、村が選んだ「20歳の20冊」から希望の書籍1冊が贈られる。
鳥取西部移住ポータルサイト「TOTTORI WEST」: http://tottori-west.jp
-
土井綾子さん
どい・あやこ/1971年、鳥取県大山町生まれ。大学生時代は広島県広島市で過ごす。卒業後3年間、講師として県内の高校で国語を教える。「大山が見えるところ」を条件に結婚、日吉津村に移住。前身となる日吉津村公民館の図書室時代から勤務し、2015年6月から「日吉津村図書館」職員に。村民はもちろん、近隣の他市町からも利用者をあたたかく迎える。高校生と中学生の二児の母。
---------------------------------------------------------------
インタビュアー:水田美世
みずた・みよ/1980年、千葉県生まれ。鳥取県育ち、在住。2008年から8年間、埼玉県川口市で学芸員として勤務。 出産を機に家族を伴い鳥取県へ帰郷。 2016年に子どものためのスペース「ちいさいおうち」を開く。 2017年より県内の芸術・文化を扱うウェブサイト「 totto(トット)」を有志と運営する。
http://totto-ri.net
特集
-
- “のんき”と一緒に生きていく。髪を切る、その向こうがわにあるもの。 <鳥取県・大山町>
- 高見法子さん (「ヘアサロン タカミ」)
-
- 「自分にないものがこの人にはある。」二人揃って、一月と六月。 <鳥取県・境港市>
- 阿部義弘・月美さんご夫妻 (本・雑貨・ギャラリー・カフェ「一月と六月」)
-
- 比べる自分に「おわり!」を告げる。「好き」に忠実に、軽やかに。 <鳥取県・伯耆町>
- 長谷川美代子さん (アクセサリー作家)
-
- こえを出し、こえを届ける。“村民さん”とつくる図書館。 <鳥取県・日吉津村>
- 土井綾子さん (図書館職員)
-
- 持ち寄ってつくられる、第三の子どもの居場所。<鳥取県・米子市>
-
水田美世さん (「
totto」編集長)
-
- 一生やる事がある、そういう場所を求めてた。<鳥取県・日南町>
- 大森幸二・麻衣さんご夫妻
-
- 看護師として恩返し。「町のために」が受け継がれる場所<鳥取県・日野町>
- 松本美紀さん (看護師)
-
- 自生する木のように生きる人。<鳥取県・江府町>
- 徳岡優子さん (画家)