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「目の泳ぎ」関川航平(美術作家)ヘッダー 「目の泳ぎ」関川航平(美術作家)ヘッダー

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ボーダーの長袖を着てかすかに白髪も混じっているように見える茶髪でボブカットの店員さんは、首からネームカード兼レジの打ち始めに読み取る識別用バーコードが記載されたタグをぶら下げているストラップは赤く、合計四つ買ったポリプロピレン製で半透明の衣装ケースを、お車でお越しですか、いや手で持って帰るので紐かなにか付けてもらうことはできますかと尋ねたところ、レジのすぐ横にある作業台に移動して予想以上に頑丈そうな荷造り用の紐を取り出して、二つずつに分けて積み重ねた衣装ケースに横から見たら縦に間延びした「ハ」の字になるように底面から上まで二重にくぐらせている間、何度か手元に垂れ下がる赤いストラップが作業の邪魔になって、ネームカード部分をつかんで背中のほうに回すようにして投げたが、中途半端に肩のあたりに引っ掛かって、またずれ落ちて作業中の手元に垂れ下がるという一連の動作をくり返しながらも衣装ケースには荷造り紐が掛けられてゆき、持ち手になる部分には、こういった時に使うためにあらかじめ小さく切られてレジ下の引き出しにまとめてしまってある梱包材を二枚重ねにして紐に巻き付けてくれたので、受け取って手に持てば紐を直接握るよりも柔らかいが、店の入っている駅ビルを出てから新しく借りた家までのだいたい十五分くらいかかる道のりを半分くらいまで歩いたあたりから、梱包材越しでもだんだんと紐が指に食い込んできて、人差し指・中指・薬指・小指の四本のうち外側二本の人差し指と小指の第二関節あたりがうっすら赤くなっているのを手を広げて見ていたら、信号が青に変わったので再び右手と左手それぞれに二つずつ合計四つの衣装ケースを持ちなおし家まで歩いて運ぶ、このごろは家のための家具や家電を頻繁に買い出しては、車を持っていないのである程度大きな荷物でも歩いて運んでいるのだけど、すごく高いところから見たら巣穴に餌を運ぶ蟻みたいに見えるんじゃないか。ここまでで思い出しそびれたのは、駅ビルを出るとすぐ目の前に開ける駅前広場は、日によってはそこここにテントが張られて野菜やジャムなどを販売するマルシェのようなイベントが開催されたり、街宣車が乗り入れして周囲にはスローガンと名前が印刷された幟旗がいくつも立ち、車の上では幟旗と同じ色のたすきを肩にかけた候補者が演説をしている前に人だかりが出来ていたが、それでも広場の全面積からすると半分も埋まっていなくらいにだだっ広く、決してこの駅で乗り降りする人が少ないわけではないのだけど、何もイベントが行われていない時は特に閑散として見えた。駅舎を背にして広場に体を向けると左右には商業ビルやホテルなど背の高い建物が見えるけれど正面はがらんと開けていて、いや遠くに観覧車だけは見えて、観覧車の中央部分にはデジタル表記の時計が光っていて、光っていたのは夜だけだったか、帰りが遅くなった夜は駅から出て観覧車が見えると中央部分に目を凝らして時間を確認して、ポケットから携帯を取り出して時間を確認した。駅前広場はいつでも風が強く、衣装ケースを運んでいるとなおさら風にあおられた。両手がふさがっていたので携帯を取り出すことができずに、そうだ、観覧車の時計に目を凝らしたら十三時だったので、日中も時計部分だけは光っていた。新しく借りた部屋は四階建ての四階で、エレベーターはないので階段で昇り降りしなければならないが、コンクリート造だから築年数の割に丈夫だ、という不動産屋からの受け売り情報を一生懸命伝えてくれる、いいねそこにしようよ、あと角部屋だし左隣も空いているから音とかもあんまり気にしないでいいんだって、ただ飲み屋が近いから夜はうるさいかもって言ってたけど帰り道が真っ暗でシーンとしてるよりはいいじゃんねいいと思う。入居して一カ月も経たないうちに左隣の部屋にも人が住み始めた。その時も確か、シーンとしてるよりはいいんじゃないと言っていた気がする。衣装ケースを両手に持って四階まで階段を昇って少し汗ばみながら、廊下を突き当たりまで進むのは角部屋だからであって、でもせっかく角部屋なんだったらここにも窓つけてくれたっていいじゃんねと言いながら部屋の中の東側の壁をバシバシ叩いて、南向きの窓だけではなく東側からの二面採光を訴えていた。その腹いせなのか、東側の壁には持ち帰ってきたチラシやポスター、さらには模様が気に入った包装紙なんかも広げて貼って、窓のないサービスの悪い壁を少しでも楽しいものにしようとしていて、退居する時にはそれらすべてを剥がした。久しぶりに見た壁紙は白く、はじめて見た人ならすぐには気がつかないのだろうけど、一番大きなポスターが貼ってあった場所を覚えていると四隅にかすかに粘着テープの跡が見える、窓が見えるので目でゆっくり開けると外は夜だ。きしむ音は、それまで座っていたのは木製のスツール(これも梱包するいや開梱したばかりか)から立ち上がって近づいた窓からは、家の東側にあるだろう建物たちの並びが見える。一番はっきりと見えるのは道路をはさんでちょうど真向かいにあるコインパーキングで、入り口近くの精算機の上に取り付けてある照明の下を通りすぎる人が手に持っているのは、あれは花束か、コインパーキング前を通過したならもう五分もかからず四階まで、階段を上がってくる間に息が切れたまま廊下を突き当たりまで歩いてきて開けた、扉、開いて入ってきた人は花束を持っていないほうの手をシューズボックスの縁にかけてバランスをとりながら靴を脱いでいる。この前さ、地下鉄のホームに降りるエスカレーターですんごいでっかい花束を抱えてるパンツスーツの女の人とすれ違って、この人も送別会帰りなんだろうなって思ったんだけど、正直花とかもらっても邪魔じゃん、花瓶とか持ってないし、帰ったら即捨ててたりしてこの人も、とか思ったけど、花束のせい、というか、おかげというか全体的に歩き姿が照れ笑いみたいになってるわけ、そうなるとすれ違う人たちはみんな、あー送別会的なやつの帰りかしらって思えるでしょ、そう見えてる、のために花束はあるんじゃないのって、これが「送別会の花、帰り道にすれ違う人が送別会帰りなのかなって思うためにある説」ですよ。だから一輪だけみたいなやつじゃなくて、でっかいほうが良いと思うよやっぱりね、いらんけどさ。ぐいっと胸元に突き出されて、受け取った花束を両手で持ったまましばらく玄関に立っていたが、深く息を吸い込めば花の匂いがする。持ち手のリボンをほどいて、周りの透明なフィルムと茎の切り口を包んであったアルミホイルをはがし、風呂場に行って水を張った洗面器に横たえるようにして置いた。

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目の泳ぎ
関川航平

1990年、宮城県生まれ。美術作家。パフォーマンスやインスタレーション、イラストレーションなどさまざまな手法で作品における意味の伝達について考察する。近年の主な個展に2017年「figure/out」(ガーディアンガーデン、東京)など。グループ展に2018年「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(国立国際美術館、大阪)「漂白する私性 漂泊する詩性」(横浜市民ギャラリー、神奈川)ほか。
http://ksekigawa0528.wixsite.com/sekigawa-works

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