ある視点

立ち上がる、歩く、電車に乗る、
買い物する、引っ越しする、季節が変わる、
生活の中には、いろいろなサイズの「移動」がある。

 
もしかしたらほんのわずかな目の動きだって、
季節が変わるくらいの「移動」なのかもしれない。

 
風景と文章を追う“目の移動”が
オーバーラップすることばの世界へ。

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向こうから三人が歩いてくる、三人とも不思議そうな顔をしている。ここは外で、今日はよく晴れていて、二人は手ぶらで、一人はカメラを肩からぶら下げて歩いている。

 

一昨日集まった時は目の前に鍋、テーブルに顔を近づけてガスコンロと鍋の間を覗き込み火力を調整していた、置かれたガスコンロのツマミと反対側に座った二人は居酒屋の天井から吊り下がった白熱球の照明の下でオレンジ色の顔をしている。火加減が定まったのを見届けて顔をあげたのは男で、向かいの二人は男と女で、どちらもコーデュロイのズボンを履いていて、男は黒で、女は焦げ茶色で裾を二回折り返していれば、座った時白い厚手の靴下が隙間から見えた。三人がいるのは四人がけのボックス席で一人分余った座席には三人分の上着と鞄が重ねて置いてあって、最後に横倒しにして積まれたキャンバス地のトートバッグから赤い革のカバーが掛けられた手帳の上半分がのぞいて今にもずり落ちそうなのを横に座った男はトートバッグの持ち手の部分を掴んで軽く持ち上げ、赤い革のこれは財布かな、置き直そうとしているのを「あ、ごめん、こっちにもらうよ。」と言いながら女はテーブルの反対側に手を伸ばし、鍋から立ち上る蒸気越しに手渡されたトートバッグをコーデュロイのズボンを履いた男は見た。

 

同じトートバッグを二日後にも見る。一昨日ぶりに集まった三人は車に乗って県をひとつまたいで陸前高田に行く、これはコーデュロイの男の発案で、彼自身はこの数年で何度も、写真を撮るために通っているらしい、彼が車も出した。当日の朝、駅前のロータリーでピックアップされた残りの二人は男と女で、男は朝食を食べておらずお腹がすいていて、女は泊まっていたホテルの朝食バイキングで寝起きの水を少し飲み、次にコップ一杯のオレンジジュースを一口で飲み干すと、身体に糖分がぐんぐん行き渡る感じがして、もうこれだけで充分ではあったけれど、待ち合わせ時間までまだしばらくある、暇をつぶすようにトースト一枚とスクランブルエッグをお皿によそい、時間をかけて食べた後、ホットコーヒーと迷ってオニオンスープを一杯飲んでから駅前に向かった。コーデュロイの男は、今日はベージュのチノパンを履いているが、早朝に車を取りに同じ市内にある実家に帰ってみると、母親は友人たちと旅行に出かけていて、玄関のドアから顔を出したのは寝巻き姿の父親で、「ああ、車か」と言った後、わずかに両眉を上げて「おでん食ってくか」と言った後「時間あるのか」と立て続けに質問を投げかけると、くるりと背を向けて居間へ続く廊下をスリッパを引きずって歩きはじめる。こちらはまだ玄関でブーツを脱ぐのに手間取っている。かがんだ姿勢のまま顔を父親の背中に向けて尋ねる。「時間はあるけど、おでんってどうしたの」言い終えるくらいで、父親は廊下を曲がって背中が消える。ブーツが脱げた、歩いて追いかけて廊下を進む、「どうしたのって、作ったんだよ。ゆうべの余ってるから食ってみるか」この声は父親、居間には姿は見えない、もう台所まで進んでいる。台所に立っている父親が目の前に見える、そんな距離にいる、さっきよりボリュームを抑えた声で尋ねる。

「お父さんが作った朝からおでん

「悪くないぞ。」

悪くない、というのが自作おでんの出来栄えのことなのか、朝食におでんを食べるという組み合わせのことなのかははっきりしないまま、父親はすでに鍋を火にかけておでんの残りを温めはじめている。菜箸をそっと黒いだし汁の中に差し入れて、具をつぶさないようにひとまわしする。手をとめて温まるのを待つ間、居間のテーブルを見やると、チノパンを履いた男はダウンジャケットを着たまま椅子の背もたれに手をかけて立っていて、くるぶしまでの靴下がフローリングの床の上で寒そうだ、目が合いそうになる気がして鍋に目を戻し「スリッパ履かないのか。」と声に出す。返事は聞こえなかったが、男はゆっくりとした動きでダウンジャケットを脱いで椅子を引いた、こちらの声は聞こえているのだろうか。

 

おでんを朝ごはんにするのは結構良いかもしれない、と男は、駅で他の二人を待つ間の車中で思い出している、フロントガラスの向こうには寒そうな朝の駅があり、車内は暖房が効いている。二人には車の特徴を伝えていないが、ロータリーに数台停車している他の車はすべてタクシーなので二人ともまっすぐにこの車に向かってきた。乗り込んだ車内は暖房が効いていて暖かい、「うー寒いね。」久しぶりに助手席に乗る。「カバン後ろ置こうか」と運転席と助手席のシートの間に向かって声をかけると、助手席から「あー、ありがとう。適当に置いちゃって。」と上半身をひねって、膝に乗せていたトートバッグをつかんで後部座席に差し出したトートバッグは一昨日も見たトートバッグだ。赤い野球用のヘルメットを被りバットを持ったスヌーピーが飛んでくるボールを大きく空振りしている様子が大きくプリントされている、空振りした拍子にへルメットはスヌーピーの頭から後ろにずれて落ちかかっている。目的地に到着するまでの間、後部座席のスヌーピーは車の揺れに合わせてグラグラと首を揺らしていた。

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目の泳ぎ
関川航平

1990年、宮城県生まれ。美術作家。パフォーマンスやインスタレーション、イラストレーションなどさまざまな手法で作品における意味の伝達について考察する。近年の主な個展に2017年「figure/out」(ガーディアンガーデン、東京)など。グループ展に2018年「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(国立国際美術館、大阪)「漂白する私性 漂泊する詩性」(横浜市民ギャラリー、神奈川)ほか。
http://ksekigawa0528.wixsite.com/sekigawa-works

(更新日:2019.01.28)

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