ある視点

立ち上がる、歩く、電車に乗る、
買い物する、引っ越しする、季節が変わる、
生活の中には、いろいろなサイズの「移動」がある。

 
もしかしたらほんのわずかな目の動きだって、
季節が変わるくらいの「移動」なのかもしれない。

 
風景と文章を追う“目の移動”が
オーバーラップすることばの世界へ。

sekigawa_01

16

肩にはリュックの重さで、七分後に電車はくる。それはホームに向かって階段を降りながら取り出した携帯のロック画面で時間を確認してまたポケットにしまい、階段を降りきったすぐのところで顔を上げるとそこにある電光掲示板には次の電車が到着する時刻が、ついさっき携帯で確認した今から七分後の時間で光っている。じゃあこれから七分間電車を待つんだと、そうはっきりとは思わないにしても、いずれ電車がくるのは七分後で、ホームの上を、電車のドアがくる場所のひとつひとつの前には、見渡した今よりも、前からすでにホームの上で待っていただろう人たちが列を作っていて、なるべく人数の少ない列に並ぼうと少し歩くと、入ってきた改札とは別方向の改札に続くのぼり階段があり、その階段脇の通路の狭まった場所には立っている、一人しかいない、男だ。男の後ろに並ぶことにして線路の方を向くと男の背中だ。背中というか黒いダウンジャケットは男には小さいのかパツパツに張っていて、ダウン越しでもその下にあるがっしりした身体つきだ。丈もだいぶ短くてジーパンのベルトループまで見えている。ベルトはしていない、からといってジーパンがずり下がるわけじゃない、だからしていない、けどベルトを持っていないわけじゃない男は、このジーパンはずっと履いているのはずっと昔に買ったから、今はすっかりボロボロだなと思うことがある。ベルトループのひとつに登山用の金具でまとめた鍵束をぶら下げている、一つはアパートの鍵で、もう一つは自転車の鍵で、もう一つは実家の鍵で、もう一つは会社のロッカーの鍵だ。今はどの鍵も閉まっている、いや実家だけは開いているかもしれない。ジーパンの右側のバックポケットは長財布を入れた時の形に擦り切れている、そのあたりはお尻とも呼べる、そうなるとお尻を見ていた。お尻を見ることができているのは彼がリュックサックを身体の前に抱えるようにしているのは、もしも次の電車が混み合っていたら、まだ通勤時間帯とも言える、今は朝で、混み合っているかもしれないからあらかじめ準備を、ホームで待っているうちに済ませているからで、そうだな見習ってリュックを前に抱え直したりするにはまだ十分な時間がある。あるかな、もう一度ポケットから携帯を取り出して時計を見たりしようと思ってない。手もポケットに入れようとしていない、だらりと肩からまっすぐぶら下がっているまま。どうせまだ数分も経ってない、あと七分待つ、いやもう七分はない、七分よりは少し減っただろう数分は待つ、五分くらいかな。「チャリッ」って、なんだ、これは金属がこすれるような、ぶつかったのは鍵の束が、つけられたベルトループは、もうすっかりボロボロのジーパンを履いている、わずかに身じろぎしたダウンを着た男が、顔を向けている線路の上には、いつ電車があらわれてもいいように大きい横長の空間が広がっていて、陽が差していて、そこに今は、呼べるものがない。大きくて横長の空間が明るい。

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、線路のレールに

陽が当たっているのは、砂利敷きの地面に

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、パンタグラフが触れる電線に

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、等間隔に伸びた柱に

陽が当たっているのは、向かいのホームに

陽が当たっているのは、ベージュのコートに

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、イヤホンのケーブルに

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、白いビニール袋に

陽が当たっているのは、腕時計のベルトに

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、点字ブロックに

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、革靴のつま先に

陽が当たっているのは、前髪をはらう手のひらに

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、自動販売機に

陽が当たっているのは、芥子色のフレアスカートに

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、あごひげに

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、ペットボトルの飲み口に

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、

陽が当たっているのは、

sekigawa_02

目の泳ぎ
関川航平

1990年、宮城県生まれ。美術作家。パフォーマンスやインスタレーション、イラストレーションなどさまざまな手法で作品における意味の伝達について考察する。近年の主な個展に2017年「figure/out」(ガーディアンガーデン、東京)など。グループ展に2018年「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(国立国際美術館、大阪)「漂白する私性 漂泊する詩性」(横浜市民ギャラリー、神奈川)ほか。
http://ksekigawa0528.wixsite.com/sekigawa-works

(更新日:2019.12.04)

バックナンバー

ある視点

特集

最新の記事