ある視点

立ち上がる、歩く、電車に乗る、
買い物する、引っ越しする、季節が変わる、
生活の中には、いろいろなサイズの「移動」がある。

 
もしかしたらほんのわずかな目の動きだって、
季節が変わるくらいの「移動」なのかもしれない。

 
風景と文章を追う“目の移動”が
オーバーラップすることばの世界へ。

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開いた自動ドアの向こう側へコンビニを出ると店内とほとんど変わらない外の気温に、それじゃあこれから何をしようかと迷うような顔をつくってみせて、一歩、二歩と進めば背中でコンビニの店内に流れるラジオ放送は、いつ閉まったのか自動ドア、閉じて聞こえなくなっていることに気が付いていないまま、三歩、四歩、このままずっと歩いていれば三百六十歩目で家のドアノブを掴んで時計回りにひねって手前に引き、さらに一歩入った玄関には靴が五種類、白いスニーカーと黒い革靴と茶色のハイカットのブーツと最近滅多に履かない緑と黄色のランニングシューズと靴底同士を合わせて靴と靴の隙間に差し込まれているオレンジ色のビーチサンダル、それらを踏まないように気をつけながら三百六十二歩目と三百六十三歩目で玄関に両足が並ぶ、そうして家に入ってきた人は、廊下の突き当たりの扉、これは引き戸、開けると少し屈むようにして戸口をくぐり、部屋を見渡すけど、来るのは初めてじゃないよね。

「一回は来たことあるよ。」

もっとある。回数にしたら四、五回くらいは来たことがある。引っ越してきたばかりのころに遊びにくる人は何かしらお土産を持ってくることが多くて、とてもたくさんお菓子をもらったりして、来た人にお茶受けとして出す、駄目になりやすい生菓子から優先して出す、これも貰い物の電気ケトルに水を入れて沸騰ボタンをあらかじめ押しておいたので、お湯が沸いたらまた席を離れて台所に引っ込んでしまうと話が途中になってしまうから、短い話題を引き延ばして喋って、あたかも元々こういったテンポで喋る性格なのだと印象付けることができているだろうか、お湯が沸くのでお茶(やコーヒーなど)を淹れたりして出したりしているうちに、いつしか生菓子はなくなり、賞味期限が開封さえしなければ一年後みたいなお菓子も少なくなっていって、銀色の缶に入ったおかきの詰め合わせを日を分けて少しずつ食べはじめた。ちょうどその頃マドレーヌを持ってきたのが初めて来た時だった、と思い出せる。包装フィルムを開けて咥えれば、上の歯にはマドレーヌが柔らかく、下の歯には乾燥剤が当たる、と、これは思い出しているのか、別の時の記憶を合成しているのか。それ以降は手ぶらで来た。

「今日も手ぶらで悪かったね。」

「別に嫌味のつもりで思ったんじゃないけど。」実際毎回お土産を持って来てもらうのも気がひけるのと、あと、ここ最近お菓子をあまり食べないようにしている。

「そうなのなんで

なんでと訊かれて答えられるほど特別な理由があって食べないようにしてるのではないのもあって、短く黙る。見ればコートを脱ぎ終えそうな半身の体、こちらを向いた左耳に向かって「ハンガー使う」と口を開く。

「いらない、大丈夫。」

と言いながら椅子の背もたれに二つ折りにしたコートを掛ける。その椅子をひいて座ろうとするために前に踏み出したのが三百九十二歩と三百九十三歩。肘掛をつかんで腰を下ろし、また部屋を見渡している。「あんまりモノが増えないね。」と、これは家に来ると毎回言う台詞なので今回も言うかもしれず、「ああ、まだ一年経ってないからね。」と答えれば、

「そうだっけ、あれ

と言って、唇の先に持って来た人差し指を空中で小さくクルクルと回すのは、おそらく引っ越した月からの日数でも数えている、顎を上げてわずかに眉をしかめている顔は考え事をするときの癖なのか、初めて見るその表情は、長年付き合った人であったならば懐かしくもあり、この表情とよく似た顔つきでもって今みたいにテーブルを挟んで向かい合わせに座り口論になったりしたことがあれば、喧嘩をしている訳ではない状況でもその時の事がふいに思い出されて突然憎たらしく思ったりすることもあるのだろうか、今その顔は憎くない。

「トイレ借りるね」といって廊下の途中にあるドアへ向かう、四百十五歩目を軸足にして身体を半回転させて四百十六歩目で便座に座る。

四百四十歩目の右足は履いてきた靴にもう一度つま先を差し込む、バランスを崩した四百四十一歩目は玄関のタイルを靴下のまま踏んで、よろけて壁に手をついて、四百四十二歩目で左足も靴に収まる。

千三百六十九歩目で改札を抜ける。

六万四千九十八歩目は素足で踏んだ毛足の長いカーペット。

十五万六千九百二十二歩目は天丼屋のレジの前。

百二十八万八千八百十五歩目は草むらで、久しぶりに嗅ぐ匂い、ズボンの裾が濡れる。

四千九百十八万七千二十六歩目は、レンタルビデオ屋で立ちくらみ。

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目の泳ぎ
関川航平

1990年、宮城県生まれ。美術作家。パフォーマンスやインスタレーション、イラストレーションなどさまざまな手法で作品における意味の伝達について考察する。近年の主な個展に2017年「figure/out」(ガーディアンガーデン、東京)など。グループ展に2018年「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(国立国際美術館、大阪)「漂白する私性 漂泊する詩性」(横浜市民ギャラリー、神奈川)ほか。
http://ksekigawa0528.wixsite.com/sekigawa-works

(更新日:2019.04.26)

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