ある視点

立ち上がる、歩く、電車に乗る、
買い物する、引っ越しする、季節が変わる、
生活の中には、いろいろなサイズの「移動」がある。

 
もしかしたらほんのわずかな目の動きだって、
季節が変わるくらいの「移動」なのかもしれない。

 
風景と文章を追う“目の移動”が
オーバーラップすることばの世界へ。

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車内には他に三人。

運転席のワンさんが今日はかけている眼鏡は鼻パッドがないタイプのもので、どうゆうものかと言うと左右のレンズを繋ぐブリッジの部分が鼻柱に向かって凹ませてあり鼻パッドとしての機能も兼ねている、ハンドルを離したのは左手、右手が利き手なのでハンドルを掴んだままずれ落ちた眼鏡を、顔を掴むように広げた左手の親指と薬指をレンズ脇の左右の丁番に当てて戻す、とき、眉毛が上がっておでこに皺が寄る、一、二、三、と数えるのは助手席の後部座席からだとバックミラーの横長の長方形の中に、下は鼻から目と眉毛とおでこと、上は前髪までの範囲が見えている。

ワンさんの隣は助手席は梶原さん、はい。おっとりとした性格でよく眠るけど、助手席に乗っていると流石に眠らないようにしているのか、ミント味のガムを噛む音は梶原さんの口の中にだけクチャクチャと響いているが車内には聞こえていない車内には、シフトレバー横の収納に置かれた梶原さんのスマホから、伸びているコードがつながっているカーステレオのスピーカーから、梶原さんが選曲したピチカート・ファイヴの『東京は夜の時』が流れているスマホを、梶原さんは時々来ているかもしれないメールをチェックするために収納に差し込むようにして置かれたスマホをつまんで手のひらの上に乗せ真っ黒な画面を自分の顔の方に向けた後、ホームボタンを押すと光る画面には着信の表示はなかったように見えたが、四桁の暗証番号を親指で〝〟を書くように動かすと、ふわりと、並んだアプリのうち天気予報のものをタップしてしばらくの後「ありゃあ、午後からもずっと雨だな。雨と一緒に北上してる感じだ。」と独り言を言った、だからいま、雨が降っている、今までも車のボンネットや屋根に雨粒が当たる音がしていた。

窓の外はというと、ガラスの表面をほとんど水平に流れていく水滴と、その奥に、白く靄がかって見える工場地帯からさらに高く何本も突き出たシルエットが煙を吐き出しているあれは、煙突。との間を視界の中を後方へ次々に飛び去っていくのは、埋め立てで出来た入り組んだ湾の地形を海沿いに直線で渡ろうとするために架けられた吊り橋のケーブル、ここは橋の上だと気が付いてから渡りきるまでの間に、何度か挑戦してみたのは、進行方向にあらかじめ向けた目で飛び去っていくものを捕まえると、一本のケーブル、離さないようにして目で追っていてもすぐさま後方に吹き飛んでいき、また次の一本を捕まえるまでの間、捕まえる場所が定まらない目に見えているのはケーブルの連なりが半透明のカーテンのように、すぐに疲れて見てしまうのは、ガラス表面の水滴、その間に橋を渡り終えたので、半透明のカーテンが開いたように遠くに見えたのは背の高い観覧車、観覧車があるということは、やはりある、道路沿いに積み上げられたコンテナの隙間から、遊園地らしい色使いの屋根、コンテナ、コンテナ、ジェットコースターのうねったレール、コンテナ、コンテナ。道路沿いに積み上げられたコンテナ越しにも観覧車の高さならば見える、少し斜めからだと楕円形に見える中央にはデジタル表記の時計で「11:53」とある。

運転席の後部座席のドアポケットに入っているミックスナッツの袋を「これって、いつのやつ食べても平気かなぁ。」と質問しながらもうすでに封を切って指を突っ込んでみているのは林太郎で、「今朝買ったやつだよ。」とワンさんが答えたので、「俺にもちょうだい。」と助手席から上半身をひねって振り向いた梶原さんに、ワンさんも「あ、私もほしい」と続けて言ったのは林太郎に向けてというよりは梶原さんに向けて言ったような感じがしたのは、助手席の梶原さんから手渡す方がワンさんは食べやすいだろうと思った林太郎は、ザラザラっと何粒かを自分の手にとって、おそらくは同じように受け取るつもりだったから柔らかく受け皿のようにして林太郎に向けて差し出していた梶原さんの手に、袋ごと渡そうとしたため梶原さんの手は少しだけ躊躇したがすぐに袋ごと受け取るための形に変わって、受け取るまでの間ナッツの入った袋はガサガサと音を立てていて、梶原さんが袋からまたザラザラと何粒かを自分の手に出して、渡そうと「はい。」手を広げるように促されたワンさんはハンドルから左手を離して受け取ろうとしながら顔は動かさずに、正面に見ているフロントガラスに雨がぶつかっているので雨の音が車の中に戻ってくる。雨の音の、窓の向こうには、さっきよりも細い楕円形になっている観覧車が見える、中央のデジタル時計は「11:54」とある。

手にとったミックスナッツをもう片方の手でつまんで口に運びながら、繰り返されるワイパーの動きを見るともなく顔を向けている梶原さんの、ぼさぼさに伸びた口髭と眉毛の形は、黙っていると困っているように見えるけど、実は困っていない。梶原さんの真後ろに座っている吉村くんの位置からは梶原さんの表情は見ることはできないけど、何度も見たことがあるので思い出すことができるけど、いま、吉村くんは梶原さんの口髭と眉毛の形については考えていなかったので、思い出すこともない。

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目の泳ぎ
関川航平

1990年、宮城県生まれ。美術作家。パフォーマンスやインスタレーション、イラストレーションなどさまざまな手法で作品における意味の伝達について考察する。近年の主な個展に2017年「figure/out」(ガーディアンガーデン、東京)など。グループ展に2018年「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(国立国際美術館、大阪)「漂白する私性 漂泊する詩性」(横浜市民ギャラリー、神奈川)ほか。
http://ksekigawa0528.wixsite.com/sekigawa-works

(更新日:2019.06.17)

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