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「目の泳ぎ」関川航平(美術作家)ヘッダー 「目の泳ぎ」関川航平(美術作家)ヘッダー

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夜に、車道沿いの植え込みに生えている紫と黄色の、パンジーが顔に近い。道に倒れている。手をついていて、手のひらには夜でもアスファルトの熱が、小さな石粒がくっついていて、それが膝頭にはアスファルトの熱を感じない、ジーパンの布越しに凹凸が伝わってくる、もっと下は足か親指か爪か、右足か、痛むのは、遅れて、頬は、左頬が地面に、頬骨と、あご骨で接地している。たくさんの人に見せたことのある左頬だ。首は右を、歩道から車道を向いていて、車道の眺めをさえぎるように植え込みにはパンジーが咲いている。パンジーが気持ち悪いって言う人がいて、それを聞く前にはそんな風には思っていなかったけど言われてみればそうかもって昔から思っていて、だからパンジーは気持ち悪い花だと思っている、それ以来はじめてこんなに近くで見ている。もっとよく見たらアブラムシが葉っぱの裏とかにいたかもしれない、アブラムシは最近見ていない。「だって顔みたいじゃないですか」テーピングを足首に巻きながら喋る人は顔がすごい可愛い。可愛いから信じたのかもしれない、パンジーについての印象はその人の言うことを信じていた。信じていたことを忘れていたが、「気持ち悪い、とは言ってないよ。顔みたいって言っただけだったと思うけど。」という時の喋り声を思い出せる、敬語がとれている、敬語がとれたタイミングを覚えている。五月になったら登山に行こうということになり、一度も山登りをしたことはなかったけど、「大丈夫、この山は丘ですよ。」という台詞にグッときたのと、まるで普段から山登りをしている人を誘うみたいに話しかけられたので、まるで普段から山登りをしている人のような気がして、できる限り万全の装備で向かったのだけど、待ち合わせの場所で会ってみるとどうやらろくな装備ではなかったようで、練習中の笑顔のような不思議な表情をされた。結局登山口近くのレンタルショップでトレッキングシューズとストックと念のため雨ガッパを借りることになる。靴ひもを結ぶために店内のベンチに腰掛けて前屈みになり、緑と茶色のまだら模様のひもを最初の穴に通す時、ここまで履いてきた靴を少しだけ見る。店の外を見る。外の見えるガラス窓は丸太小屋風に作られた店の内装には不釣り合いな大きさで、その向こうで待っている人は登山道の入り口のほうを眺めていて、その顔は五月の山で涼しい。正しい靴ひもの結び方を店員から教えられていた、登りでは一番上の穴まで結んで足首を固めてあげると負担が少なくて、下りでは少し緩めてあげると楽ですよ、というアドバイスは、街中でちょっとした坂道を歩く時も考えているが、いちいち靴ひもの結び具合を調整するわけではない。山での記憶は、視界にトレッキングシューズが右、左、右、左、と交互に現れる映像だ。「なにそれ、下しか見てなかったの」この時に敬語がとれた。トレッキングシューズは濃い茶色だったが、紫にも見えた。緑にも見える時があった。その三つの色のまだら模様だったのかもしれない。トレッキングシューズの色が変わったことを思い出せば、その時は背の高い木に囲まれていたり、その時は少しぬかるんでいたり、その時は汗が冷えてきたシャツが肌に冷たくて、雨ガッパは保温のためにも持っていると安心だと思ったことを映像に連れてくる、それぞれの場所に目を連れて行ったのはトレッキングシューズの右、左、右、左の反復運動だから、それを見ていた。山に囲まれていて、目を運んで歩く、運ばれている目はトレッキングシューズを見ていて、トレッキングシューズは目に向かって色を変えた、トレッキングシューズの色の変化は、目が山に囲まれてたことを伝えつつ、目を運んだ張本人でもある。トレッキングシューズの色の変化が山の道程だった。

「だから、トレッキングシューズだけを見ながら歩いていても、山を見てたってことになるんだよ。」

「それは楽しかったってことでいいの

「うん、楽しかったよ。」

「なら良いけど、あ、写真送るよ。」

夏に、春に登った山の写真を、パソコンの画面を見ている。写っている短髪の外国人は右手を伸ばして携帯で自撮りをしているのだけどこんな人はいたっけか。他の写真には、仰ぎ見る角度の木の枝、これはブナの木、この時は枝の下にいて、写っていないけど、団体の登山客が枝の下を通り過ぎていった。登山客はカラフルなズボンを履いていて歩くたびにシャカシャカと音を立てていた。雨が降ったとしたらズボンはよく撥水した。ズボンをつたっていった雨水は、ズボンに運ばれて本来落ちる場所から数メートルだけ先に落ちて、空から直接地面に落ちた雨水と合流した。いまはタオル生地の短パンを履いているから、足を組み替えてもあまり音はしない。結局送るの忘れてたなぁ写真。帰ってからすぐ送れば良かったけど、なにがあったんだっけ。飲みに行ったんですよ、誘ったから、なんかちょー渋々って感じだったけど、今日は山の帰りだって言ってましたし。

「登山帰りにわざわざ一回帰って着替えてまで、わざわざタジリと飲む事なんてあるかなぁ。」

「こらこら。多分その日だと思いますけど。」

「そっか。」

「胸の話、覚えてます

「なんだっけ。」

「おれ、酒って胸で飲んでるんだと思うんすよ。」

「どゆこと

「おれ、酒が喉を通って胃に流れてくって思ってないんす。胸に当てる感じなんす。」

そう言いながら、タジリはグラスを持っていない方の手をグーにして自分の胸をドンドンと叩く。

「胸に当たる飲み方すると、マジの酔いっす、これが。」

わかったふりをして「すごいね」と言ったが、「うるさい」とも言ったかもしれない。帰り道の電車でツイッターを開くと、タジリが一分前に「胸で飲めよ!」とツイートしていた。左手の甲で右のほっぺた触ったらすごい熱くて、新宿で人がたくさん降りたので、一番右端の座席にうつって銀色の手すりにほっぺたをくっつけた。コンタクトの洗浄液買うの忘れて帰った。写真送るの忘れた。

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目の泳ぎ
関川航平

1990年宮城県生まれ。美術作家。パフォーマンスやインスタレーション、イラストレーションなどさまざまな手法で作品における意味の伝達について考察する。近年の主な個展に2017年「figure/out」(ガーディアンガーデン、東京)など。グループ展に2018年「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(国立国際美術館、大阪)「漂白する私性 漂泊する詩性」(横浜市民ギャラリー、神奈川)ほか。
http://ksekigawa0528.wixsite.com/sekigawa-works

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