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「目の泳ぎ」関川航平(美術作家)ヘッダー 「目の泳ぎ」関川航平(美術作家)ヘッダー

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すぐ左隣を歩いている人が持っているトートバッグの取っ手のあたりが目の高さだったとき、職業はなかったのですいすい歩いていた。季節によっては、銀杏を踏まないように爪先立ちで跳ねていたのは、いま思えば高等裁判所の駐車場入り口付近で、遮断機の前に立っている警備員の制帽には小雨の日だと専用のビニールが被さっていて、ツバの先から溜まった水滴が落ちたりした。そこから短い信号を渡ると三角形の公園に木の腐ったベンチがあって座ったことがある。公園の中央には背の高い枝垂れ柳が植えてあり、日が差し込んでいる時間帯には、柳の葉は薄黄緑に光って揺れていたが、立ち止まって眺めることはほとんどなかったけれどその公園は昼間も夜中も何度も通りすぎたことがあって、今はそこから離れた場所で公園のあたりについて考えていて、こっちも朝だったり夜だったりしている。三角公園の三辺のうち、一番良く通る一辺の歩道には向こう側の歩道に渡ることのできる青い、それは歩道橋があって、登ったら息切れして、目線がぐっと高くなる。股の下に二車線と二車線の車たちを通り抜けさせながら、信号機と目が合う。降りてきて、また歩き出す背景には、宝くじ売り場クロネコヤマトの配送センター中華料理屋イタリアントマト郵便局ATMの自動ドア保険の広告セブンイレブンがあって、ひと呼吸置いて(ビルの壁から消火栓みたいな突起)ベローチェがあるのは、思い出しているからで、道はもっとタイルの模様、えんじ色のタイルだけを踏んで進む、そう進みたい足が先に行くから上半身は不規則に揺れていて、大体カバンも持っていなかったり、まだ自分の財布も無かったりすると、ビルや看板みたいに垂直なものと関係を結ぶことがないので、好きな色のタイルを踏みながら水平に移動するしかない。道を歩いていたから死んだ鳩が落ちている、鳩が死んでると思うより先に、死んでる固まりが、おそらくはいつもとはもう違う姿勢しかとることができずに固く転がっていて、歩いている最中なのでそれに近づきながら、何、猫か羽、黒い、鳩だ、くすんだ赤紫色の足の向き、だとしたら頭は信号待ちをしていたバスが動き出した風で固まっていない羽毛がそよいで動いたように見える。死んだ鳩は道で何度か見かけたことがあって、歩道だったり車道だったりする、前に見たときそれがどこだったか正確に思い出せない。これがそうかもと思って、二本指で拡大してもつぶれた紙パックの、紙パックの飲み物のつぶれたやつだ。手に持ったとしたら軽い。まだつぶれていないやつは百円で並んでいる、レジでストローとおしぼりをもらう。おしぼりで手についた汚れを拭う。このまま駅に向かうのだとすれば道なりに進む事になり、ゆるいカーブの先には桁下の低い高架が見えてくる、短いトンネルのような暗がりを作っていてもうすぐそこを通る、高架に向かうカーブはわずかに下り勾配になっている。暗がりから自転車に乗った年齢のバラバラな四人組の男たちが出てきた、むこうからこちらへ高架を抜けてきた自転車にとっては、わずかに登り坂なので、四人組はペダルを強く踏んで、前輪はゆらゆらと不安定に首を振りながらすれ違っていった。今、高架の暗がりの中から振り返ってみると、日差しの下で四台の自転車はゆるやかにスピードが分かれてゆき、やがて会釈もしないで離れていったので他人同士だった。頭上の高架を電車が通る音は、部屋にいても結構な音量で聞こえていて、終電を過ぎて音がようやく聞こえなくなる時には、もう寝ていたり、起きていれば赤ん坊の泣き声、それは電車の音がしなくなったことに気付いた時に聞こえてくることがあって、電話中の携帯電話を耳から一度離して画面を見ると、深夜十二時を過ぎている。少し考えてから、「じゃあもう、今日の午後には出るってことだ。」と言うと、「え」と短く声が漏れて、息が遠のく。その分こっちの部屋の音が大きくなる。携帯を耳から離して画面を見ているのか、数秒間、こっちの部屋ではダイニングテーブルを挟んで正面の壁が白い、「本当だ。」と合点がいった声が電話口に戻ってくると、目は壁を離れて壁の少し手前の、部屋の中のどこでもない場所を見始めている。通話はもう少しだけ続いて終わる。もう寝るから歯磨きをするために椅子から立ち上がるときに肘掛けをつかむ、立ち上がったのではなす。脱げかけていたスリッパを爪先で履き直しながらテーブルをぐるりと回って洗面所へ向かう。道路に面した洗面所の小窓は街灯に近く、古い型ガラスの笹の葉みたいな文様が街灯のオレンジ色に光っていて、電気を付けなくても歯ブラシを手に取ることができる。鏡には、昼間見つけて気になっていた水垢が、斜め後ろからぼんやり入ってくる街灯の光では分かりづらく、夜には忘れているので拭き取られないまま、蛇口に顔を近づけて片手に溜めた水で口をすすいで、顔を上げて唇を開いて歯を見せている。歯は口の中にあるので薄暗い、歯ブラシを薄ピンクのプラスチックのコップにカロンと戻して、濡れたままの手が白いひもをつまんで引っ張ると、顔は鏡に向けられたまま、蛍光灯が少し躊躇したようにタッタタと点灯すれば、鏡に映った顔の後ろに広がった洗面所は青白い、前歯六本も青白い。明け方の数分間、まだ誰も起きてこない、小窓から差し込んだまだ弱々しい太陽の光を受けて、鏡についたままの水垢は点々と白い。

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目の泳ぎ
関川航平

1990年宮城県生まれ。美術作家。パフォーマンスやインスタレーション、イラストレーションなどさまざまな手法で作品における意味の伝達について考察する。近年の主な個展に2017年「figure/out」(ガーディアンガーデン、東京)など。グループ展に2018年「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(国立国際美術館、大阪)「漂白する私性 漂泊する詩性」(横浜市民ギャラリー、神奈川)ほか。
http://ksekigawa0528.wixsite.com/sekigawa-works

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