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「目の泳ぎ」関川航平(美術作家)ヘッダー 「目の泳ぎ」関川航平(美術作家)ヘッダー
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送られてきた短い映像に海は、画面の右から左へと飛び去ってゆく白いガードレールの向こうに見えて、走る車の窓から撮影されている。まばらに植えられた松林によっても時々遮られる海だったが、今、海岸線と平行に走っていた道路が大きく左にカーブすると進行方向の正面に開けて見える。それに気が付いた横長の画面が海を映し続けようと助手席側の窓からフロントガラスへと向きを変えようとする間、スマホを横向きにして支えている両手の指のうち、はじめに録画ボタンを押した人差し指が、ボタンから指を離した時の恰好のまま一本だけピンと立っていることは映像に映っていない。助手席に座りながら、人差し指をピンと立てながら、スマホをフロントガラスに向けて近づいてくる海を録画しながらも、首を横に向ければ窓からは、カーブして松林を抜けた後に見えてきた海水浴客のいない浜辺を少し高台になった車道から見下ろすことができたのかもしれない。そして「海水浴客のいない浜辺だ」と思ったり「まだ泳ぐには寒いのかな」と思ったり「砂が黒いな」と思ったりしたかもしれない数秒の間に、スマホを持っている腕がいつの間にか下がっていったのだろう、映像の画面の下半分は車のダッシュボード、上半分がフロントガラス越しの路面になって海が映っていないことに少し遅れて気が付いて、もう録画を止めようと、おそらくはまた人差し指でボタンを操作しようとする画面の揺れ。


映像はそこで終わって暗転したパソコンの画面中央には「もう一度再生する」という文字とくるっと輪になった形の矢印が浮かんでいる。キーボードに目を落として左上のescボタンを押してフルスクリーンモードを解除するとFacebookのメッセンジャー画面が白くて眩しい、同時に着信音。「見て」というメッセージが一行届いたので、映像のサムネイルが一行分画面の上に押し上げられる。「おお本当だ」と返信して、もう一行分押し上げる。相手の名前の横を見ると分前にオンラインと表示されているのは「見て」と送信した後すぐにロックボタンを押して、ダッシュボードの上に投げるように置かれたスマホが視界の端に入った運転席の男は、目の前の道が今度は大きく右に曲がり、一旦海岸沿いから離れて峠道に入りそうなのでシフトレバーに左手をかけている。トランクと後部座席を埋めているダンボール箱は引っ越しの荷物としてはかなり少ないが、とはいえ荷物の重量の分、上り坂になるといつもよりも速度が落ちてくるのでやはりギアを一つ低速に入れて登る。


ダンボールの主な中身は本と服で、あとは細かな日用品ぐらい。ベッドや、冷蔵庫や洗濯機のような二つあってもしょうがない大きな家電などは知り合いに安く売ったり譲ったりしていたようだが、ただ電子レンジは今運んでいるもののほうがオーブン機能とかも付いていて便利なんだよ。」ということで、それだけは持ってくることになったので、それじゃあ今家にあるほうのレンジは、誰かに譲ろうと思っても近所に欲しがっている人もおらず、そもそもまだこっちでの知り合い自体が少ないので、売るか捨てるかしないといけないレンジは、色は白くてワット数を調節するツマミと時間を調節するツマミの二つの操作しか出来ないレンジは、大学入学時に買ってからこれまでずっと使っていて特に不便だと感じたことはなかったが、先日荷造りを手伝っている時に見た梱包前のレンジは、見慣れないボタンがいくつもついている上に、まず色が黒い。(レンジの色っていうのは白が相場だと思い込んでいたことに気が付かされた。それからずっと後になってヨドバシカメラの電子レンジコーナーを通った時にずらりと並んでいるのを見たが、最近の機種は黒っぽいカラーリングが多いように感じた。反対に、リサイクルショップに並ぶ電子レンジは白いものが多い気がする。)そして何より、温度調整の部分はタッチパネル式になっているじゃないか。すでに電源コードは抜かれてまとめられているので、触っても何も起こらない真っ黒なパネルを人差し指で撫でる。

少し前から、荷造りの手が止まっている気配に顔をあげると台所の中で立ち止まっている後ろ姿が見える。その背中に向かって話しかける。「レンジはさぁ。」返事はなかったが、声は届いていることは分かったので続けて、

 

「レンジは、こっちのやつを持っていって使おうよ。」

 

予想していた提案に、振り返ってから「うん、そうしよう。」と答えたのだったか、「うん、そうしよう。」と言ってから振り返ったのか忘れてしまったが、普段通りの声の調子で返答できたことには間違いなく、その証拠に振り返った時にはすでにリビングの床に座り直していて食器を新聞紙で包む作業を再開している横顔はその直前に会話などなかったかのように穏やかだったので、かえって表情を一方的に盗み見ているみたいになってしまった。なんとなく次の言葉を継げないまま作業中の手元を見ていると、食器を梱包する手が止まり、リビングの壁際に寄せて積んであるダンボール箱の数を目で数えているのか、何か考えているように半開きの口のまま、瞬きを数回した後に「車に載りきるよねぇ」と、これは尋ねられたのだろうか。「うん、余裕だと思うよ。」と、これは答えたのだろうか。

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目の泳ぎ
関川航平

1990年、宮城県生まれ。美術作家。パフォーマンスやインスタレーション、イラストレーションなどさまざまな手法で作品における意味の伝達について考察する。近年の主な個展に2017年「figure/out」(ガーディアンガーデン、東京)など。グループ展に2018年「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(国立国際美術館、大阪)「漂白する私性 漂泊する詩性」(横浜市民ギャラリー、神奈川)ほか。http://ksekigawa0528.wixsite.com/sekigawa-works

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