ある視点

立ち上がる、歩く、電車に乗る、
買い物する、引っ越しする、季節が変わる、
生活の中には、いろいろなサイズの「移動」がある。

 
もしかしたらほんのわずかな目の動きだって、
季節が変わるくらいの「移動」なのかもしれない。

 
風景と文章を追う“目の移動”が
オーバーラップすることばの世界へ。

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国道沿いのだだっ広い駐車場のある中古楽器店の入り口前に設置された喫煙所のベンチに座っている谷口は、井原の付き添いでそこにいた。井原は楽器店の中でギターアンプの買取査定を頼んでいるところで、査定を待つ間、店内をうろついて壁一面を埋めるように吊り下げられたギターやベースをもっともらしい顔つきで眺めていた。さらに手近な高さにあったアコースティックギターに手を伸ばし、ピンと張られた弦の一本を人差し指の背ではじいてみたがネック付近の弦と弦の間にラミネート加工された値札が挟み込まれていたので「ベチ」という情けない音が鳴った。その音で、弦に向かって伸ばした手をゆっくりと身体に引き寄せながらあらためて店内を見渡すと、他のどのギターもベースもすべて弦の間にラミネート加工された値札が挟まっていることに気がつく。それからはもう弦をはじいたりしなかったが、どのギターからも「ベチ」という音が聞こえるような気がした井原は、査定を終えた店員に呼びかけられて買取カウンターに戻りながら、手をポケットに差し込むと指の先にあたる車の鍵がある、ということはおれが鍵持ってるから谷口は車の鍵持ってないから、おれ外で待ってるわと言ってたから車で待ってると思ってたけど、車じゃないどこかで待ってる谷口の、店を背にして置かれたベンチに座ると見える目の前の広がりには片側三車線の道路があって、何台も車が通り過ぎていった。道路の上には高架がかかっていて高速道路が伸びている。側面が銀色の防護柵で覆われているのでそこにも何台も走っているのだろう車の姿は見えないが、時々通る車高の高い、たとえばトラックみたいなものだと車体の上のほうだけが防護柵越しにのぞいたりしていたが、見ていない谷口が見ていたのは道路の反対側、橋脚と橋脚の間から半分見切れている黄色い看板はあれはココスかな、と考えていたとき、高速道路を材木を山積みにして重量を増したトラックが通過するとゴウンゴウンという唸るような音が高架全体を震わせて、あそこに見える、座っている谷口の、耳の中の鼓膜も「ゴウンゴウン」と震わせていたが、その音を、谷口は周辺の他の音から特別切り分けて受け取ることをしなかった。両肘を膝の上にのせて前かがみになっている谷口の開いた目は、谷口が身体を起こしてベンチの背もたれに寄りかかると、高架の銀色の柵よりも上に見えたのは青く、空が見えたので空を見て、いま何時だろう、井原が奢ってくれるはずの昼飯のことを考えた。

カウンターをはさんで店員と向かい合っている井原は、予想していたよりもはるかに安い買取額と、中の基盤のハンダづけがところどころクラックが入っていて軽い接触不良を起こしているという買取額の安さの理由を店員から聞きながら、ポケットの中に入れた指先で車の鍵を触っていた。受け取った千円札三枚を財布にしまい、店の外に出るとベンチに座っている谷口の横顔を見つけた、するとすぐにこっちを向いたので、

「ごめん、鍵、おれ持ってた。」と声をかけたら

「うなぎ、食えそう」と座ったまま見上げる谷口。

「食えないね、三千円だった。」

と言って大きな溜息をつきながら井原は谷口の隣に腰掛けた。腰掛けた後、ズボンの前ポケットから煙草を取り出してくわえ火をつけて煙をたっぷりと吸い込み、また溜息をつくみたいにして勢いよく吐き出した。目の前の駐車場に黒い大きなバンが速度をゆるめて入ってきて、何度かこまかく切り返して停車した。エンジンを切ったバンからは四人の初老の男たちが出てきて、トランクからなにやら機材を積み下ろしをしている。四人とも同じような青い作業服を着ている。井原も谷口もそれを見ている。まだ長い煙草を灰皿の端に押し付けて立ち上がった井原が、

「もう一往復手伝ってよ。」と言った。

「いいけど、もうひとつは売らないんじゃないの

「まあ、別にいいかな。」

「お前がいいんだったらいいんだろうけど。」

そう返事をした谷口は、今朝の、ギターアンプを積み込むために久しぶりに入った井原の実家の間取りを思い出している。井原が先に靴を脱いで、鍵を靴箱の上にある平たい木のお皿に放るとカランと乾いた音がして、それから流れるような手つきで壁のスイッチを押して明かりをつける後ろ姿や、玄関や、子供部屋とリビングにつながる廊下は小学生の時に遊びに来ていた頃とあまり変わっていないように思えたが、ふいに振り返った井原がまだ靴を脱いでいる最中の谷口に向かって「スリッパ使いなよ」と言って爪先で軽く向きを揃えながら差し出してきた緑色のスリッパに「おう」と言って足を入れてから、階段をあがって二階の廊下や、突き当たりにある井原の父親の部屋に初めて入ったら何一つとして懐かしくなかった。部屋の中には乱雑にダンボール箱が積まれていて、長い間この状態が続いているようだった。井原が靴下のまま段ボールと段ボールの間へ分け入ってゆき、いくつかの段ボールを端によせると奥からかなり大型のギターアンプが並んで二つ出てきた。

「これ二つとも」と谷口が訊くと、

「こっちだけ。」と言って井原は近くにあるほうを軽く叩いた。

「とりあえずね、」

「帰るたびに少しずつ整理しないとさ。」

井原はアンプを見下ろしてひとりで続けていた。井原はこの部屋が懐かしい。

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目の泳ぎ
関川航平

1990年、宮城県生まれ。美術作家。パフォーマンスやインスタレーション、イラストレーションなどさまざまな手法で作品における意味の伝達について考察する。近年の主な個展に2017年「figure/out」(ガーディアンガーデン、東京)など。グループ展に2018年「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(国立国際美術館、大阪)「漂白する私性 漂泊する詩性」(横浜市民ギャラリー、神奈川)ほか。
http://ksekigawa0528.wixsite.com/sekigawa-works

(更新日:2020.01.09)

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