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「目の泳ぎ」関川航平(美術作家)ヘッダー 「目の泳ぎ」関川航平(美術作家)ヘッダー

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垂れ下がっているツタなのか腐りかけてしなった枝なのか、進もうと思っている方向に大きく黒ずんだそれを、先導している男が腰を曲げて頭を低くしてくぐり抜けていった姿を、数秒後にするだろう動きの予行演習のように後ろから見ていた。ツタなのか、近づくと表面は暗い緑色の苔に覆われていて濡れていることがわかる、目の前に立つと一番低くなっている部分はアゴの高さだ。くぐって通るために頭を下げようとすると腰まで曲げることになって傾いた上半身を、膝に軽く手をついて支えた、わずかに先導の男とは違くなってしまった一連の動きを後ろから見ている人はいない。進む足元には、さっきから木の根が地面から露出した場所がところどころにある、水が土を少しずつ削り取っていくらしい、水って雨水がので歩きづらいし、道と呼べるような見晴らしもないので、前を歩く男が進む方向に進む。言い換えれば、前も後ろもなくて、男が進むのでそれについていく時に、前と後ろができる。男は現地で雇ったガイドで、ここは森の中で、土の濃い匂いがする、今は別にしない。露出した木の根をたどって幹から枝ぶりまでを見上げれば、なんだか痩せてるように見えるが根が剥き出しになっているからそう見えるだけで気のせいかもしれない。男は、植生に変化が見られる場所を通過するとき、あるいは動物の抜け毛や糞を発見するとそれを手がかりにここら一帯の特徴について説明する。「ここらへんはもうだいぶ年寄りの森だからね、中くらいの高さの木が少ないね、背の高い木と背の低い草に   してきたから、見た感じの   はすっきりして木と木の   広くなるんだけど、背の高い木は   って葉を広げるそれは屋根のようになるので、太陽が入ってきづらくなる、低い草たちはその少ない太陽で   できる   だけが残っていくのね、だから私たちもちょっと寒いね   暗い。」喋っている最中も振り返ったり立ち止まったりすることはほとんどなく、葉や枝を避けながら一定のペースで歩き続けている。いくつかの単語の意味が分からない、口元というか顔が見えないと余計に分からない。説明がひとくだり終わるとしばらくは無言だった、しばらく歩くとまた「ここらへんは」という出だしで喋りだした。ひとつ手前に使った「ここらへん」のあたり一帯とは、確かに様相が違うのだけど、男から「ここらへんは」と言い出されるまでは、周囲の植物は目に入っていても何かが変わったとは思っていない。言われれば、ひとつ前の「ここらへん」とは違う「ここらへん」にすっぽり覆われていることに気がつく。どこから変化しているのか、次の「ここらへん」が来るまで集中してあたりを見る。男はシャツを着ている、それは淡いピンク色だ。カーキ色のリュックサックを背負って調節用の紐がブラブラしている。リュックサックの中に入れた水筒の中に、煮出したお茶は朝に入れて、早起きしたので、それが揺れて今は冷えて、音はリュックの中でチャプチャプ聞こえる。首は細く、短く刈り上げた襟足につながってゆく、帽子は被っていない、これも朝に決まった。短く刈り上げたのは先週で、左腕には防水機能付きの腕時計をつけていて、時々手首を短く素早く振って位置を直す。これが男の後ろ姿で、説明を聞き漏らさないように、大股で後ろをついて歩く黄色と紫のマウンテンパーカーを着ている女が、踏んだ枝が限界までしなってから折れた時に立てた音が響いた、といっても、川が近づいているのかだんだんと大きくなってきている水の流れる音、わりと大きな川なんだろう、よりは小さかったので、マウンテンパーカーを着た女に踏まれた枝から女の耳までの距離は、女の耳から川までの距離よりも遠かった。しばらくの間、耳と枝は遠く離れていたが、実際の川が遠のいていくうちに、二つは近づいて、枝の音ばかりがぴったりと耳にくっついた時、歩くのは、耳が、足が踏んで折れる枝の音を聞くことだった。次々に枝は折れた音を耳が聞くので足は踏んで女は歩いて、進むとその方向にガイドは前にいて、その背中を見ている、女の背中は斜め掛けのショルダーバッグは蛍光イエローで木立の間から断続的に見えるその色は緑の中で目立っていた、森の中を歩いていたのは、来たのは、久しぶりに長時間のフライトで、長期休暇をとって乗ったパソコンから予約した飛行機に乗るために行った、羽田空港には咳き込んでる人が多くて、せまいシートでもよく寝れたし到着した日の夜よく眠れなくなったときはトランクから文庫本を取り出して読んだ、読めなかったのはフライト中に退屈しないように持ってきた文庫本は飛行機の中で無い、寝ていたから問題も無い、間違えて大きい荷物のほうに入れた昨晩の、まだアパートで机の前に立ったまま、左手の人差し指と中指を揃えた二本指に携帯の充電器のコードを巻き付けながら、それは右手でコンセント部分を持って顔は正面の、机の横に置いた本棚の側面をピョンピョンと小さく飛び跳ねて進む錠剤くらいの大きさの、こういった黒いクモは一体どこの隙間から、つまり家の外から入ってきているのか、もしくは毎度出てくるのは実は同じクモで、いつもはどこか隅のほうでひっそりとしているのだけど、押し入れから荷物を取り出したりして部屋をかきまわすと、所在なく出てくるのか。それともこちらの都合とは関わりなく、その都度行きたいところにいくだけの観光気分なのか、餌の獲得のために割と緊迫感をもってピョンピョン跳ねているのか。巣を張らないで歩き回るタイプのクモは、どれくらいのペースで捕食するものなのか。机の上に降りてきて食べかけのミカンに近づいてくるので、ミカンを遠ざけようか迷って、手をミカンに伸ばしながら息を吹きかけてクモを飛ばして掴んだ半分くらい残っていたミカンを一口でほおばった。振り返って荷造り中のトランクを見下ろす、ここで小さな荷物のほうに文庫本を入れよう、でも結局飛行機の中では爆睡してたから入れなくても良いか。荷物を詰め終えたトランクの蓋を閉めて鍵をかけて立ち上がって、しゃがんで鍵をはずしてトランクを開けて化粧ポーチから取り出して台所の流しの上にある窓の桟に立てかけた丸い手鏡。

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目の泳ぎ
関川航平

1990年宮城県生まれ。美術作家。パフォーマンスやインスタレーション、イラストレーションなどさまざまな手法で作品における意味の伝達について考察する。近年の主な個展に2017年「figure/out」(ガーディアンガーデン、東京)など。グループ展に2018年「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(国立国際美術館、大阪)「漂白する私性 漂泊する詩性」(横浜市民ギャラリー、神奈川)ほか。
http://ksekigawa0528.wixsite.com/sekigawa-works

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