ある視点

世界に、『幅』と『揺らぎ』在れ。

すべすべ、ざらざら、ふさふさ。

普段はあまり文章を書くことがない
本屋さんが紡ぐ、まっしろで、
肌触りのある言葉たち。

小さなまちの本屋さんが選ぶ、
手触りのある3冊。

vol.2 世界に、『幅』と『揺らぎ』在れ。

モリテツヤさん(「汽水空港」店主/鳥取県)

 

こちら汽水空港。コロナという災禍によりフライト(営業)をキャンセルせざるを得ない日々ですが、汽水空港には第2ターミナルがあります。
第2ターミナルというのは我々が数年前から借りている放置されていた元梨畑の広大な畑で、数十年の時間の蓄積は竹や謎の樹木を繁茂させ、一体どこまで奥行きがあるのか未だ全容を明らかにしないジャングルです。このジャングルを開拓し、読書室や茶室、ブランコ、zine図書館等をつくり、そして誰もが来て楽しみ、フルーツのように実った野菜を収穫することのできる「食える公園」にしようと近隣の人々と協働でつくりあげる日々です。ぶっ飛べるなら本を通じてでも、田畑でもいいんです。それがまだ見ぬ今よりマシな良い世界へと続くフライトであるならば。汽水空港という本屋はその為の場所なのでR。今回紹介する3冊の本も文字を読んだだけでは読了することが出来ないような本のはず。本を読み終えたあとには皆、現在の現実世界で生きていく。彼らの思考の痕跡を自身の足で歩みながら。未知の時代にも引き続き「読む&やる」。これをぴゅーんとやっていくのみ。

 

今日もパートナーのアキナ、それから畑仲間のリョウジくんとモーリーと畑をした。夕方、一人でジャングルを切り開くと山椒らしき樹木を発見。手で葉をむしり、擦り潰すとなんとも良い香り。念の為Twitterでも世界の人々に「これは山椒ですか?」と問うと賢者がYESと返答をくれた。「てってれー!ターミナル2には山椒の木が自生していた!」と呟く。おれはこのように人生をドラクエ感たっぷりに演出することで生きることを楽しんでいる。現在、汽水空港ターミナル2には柿の木、山椒の木、ミツバ、ツクシ、ワラビが自生している。さらに多種多様な食べても食べても食べ切れない程の野菜が芽を出しつつある。成田空港にだってこんなに食べ物ないのに、汽水空港にはある。どうだ、まいったか!と世界の空港たちと張り合う日々である。

 

人間には想像力が備わっている

生きがいについて』 神谷美恵子
みすず書房)/
1,600円(税別)


“いったい私たちの毎日の生活を生きるかいあるように感じさせているものは何であろうか。ひとたび生きがいをうしなったら、どんなふうにしてまた新しい生きがいを見いだすのであろうか。”

 

長島愛生園にてハンセン病患者の精神医学調査を担当した神谷美恵子が綴る人間の生きがいについての考察。ハンセン病と診断された患者たちは、それまでの日常で身につけてきたあらゆる身分を剥奪され、隔離され、差別され、「生きがい喪失の深淵」を彷徨ったと記録されている。そのような状態に置かれた彼らの精神と共にありながら、しかし淡々と彼らの心に再び希望や生きがいを見いだす心理が描かれている。

 

信じていた基盤が揺らぎ、日常で欠かせぬ習慣となっていたことが突如として終わる。病に罹る。大切な人が死ぬ。私たちはそれぞれに一回限りの人生を生きているから、これらの事態に対して予め練習しておくことはできない。しかしそうしたシチュエーションに直面した時には先人たちの言葉が助けになるはず。人間には想像力も備わっている。言葉によって知り、まだ見ぬ未来、まだ見ぬ他者の立場をイメージし良い世界をつくろうとすることはできる。

 

世界は、個人の振る舞いの集積によって形成される

独立国家のつくりかた』 坂口恭平
講談社現代新書)/760円(税別)


2011年の災禍3.11をキッカケに「新政府」を設立し、新政府初代内閣総理大臣を自称し始めた坂口恭平
彼はその概念を時に真剣に、時にギャグとして脱いだり纏ったりしながら現在も活動している。坂口さんは新政府設立以降、自身の携帯電話番号を公開し、自殺念慮のある人々からの相談を日々「いのっちの電話」で受け付けている。

 

新政府という概念は幻かもしれないが、彼の活動は政治そのものである。
何故なら政治とは困っている人の話を聞き、共にどうすればいいかを考えることであるから。幻と現実の狭間でただ一人、自殺を防ぐという確かな政治を日々行い続けている。その行動を支えているのが「自分は新政府初代内閣総理大臣である。」という自覚によるものだからかどうかは分からないが、信じられる政府がないのであれば、自身が独立国家の内閣総理大臣であるかのように振る舞い、生活を組み立てることは現在のコロナ禍を生きるうえで有効なはずだ。何故なら世界は個人個人の振る舞いの集積によって形成されるから。多くの「ひとり独立国家」の誕生を願う。

 

恐れず歩め。」と愉快に語りかけてくれる

雪に生きる』 猪谷六合雄
岩波少年文庫)/絶版


明治生まれの人生を楽しむ達人にして、日本のスキーヤーの草分け的存在、猪谷六合雄(いがや・くにお)。

 

彼が生まれ育った時期には未だ日本にスキーというスポーツは伝来していなかった。ある日、スキーヤーが板を履いて雪山を滑走するのを目撃した彼は感銘を受け、自邸にあった板を削り、針金で自身の足と板とを結びつけ山へ向かった。スキー板もスキー靴もどのような構造なのか分からぬままに彼は創意工夫と経験によってその精度を高めていった。ターンの仕方もストップの仕方も全て怪我をしながら体得し、スキージャンプという概念を知れば山を削りジャンプ台をつくった。

 

さらに彼はスキーだけでなく、自邸を何棟もセルフビルドした人間である。既存の建て方にこだわらず、自身の経験によって合理性を見出す。そして靴下編みの達人でもある。丈夫で暖かな靴下の編み方を発明し、薪ストーブに当たりながら編む。老年には70歳にして運転免許を取得。購入した車を住むことができるよう改造し移動しながら暮らした。

 

このように猪谷六合雄という人間は好奇心の風の中を愉快に滑空し、徹底して実践と工夫によって人生を楽しむ達人であった。戦争の最中は西洋伝来のスポーツに対する風当たりも強かったことだろうし、昭和の時代に男が編み物をすることはどう捉えられていただろうか。家を建てるにしてもそこにオリジナリティを発揮するには勇気が要ることだろう。自身の心の赴くままに行動すること自体が意図せず権威や常識をぶっ飛ばす一番の力になる。恐れず歩めと愉快に語りかけてくれるような一冊。未知の時代にこそ古びることないクラシックを。

モリテツヤさん
汽水空港は、鳥取県湯梨浜町の湖のほとりにセルフビルドで建てた本屋である。「世界に幅と揺らぎ在れ」という願いのもと、建築仕事、田畑をしながら活動中。最近は畑を汽水空港ターミナル2と名付け近隣の人々と共に食える公園化計画を進めている。

汽水空港
鳥取県東伯郡湯梨浜町松崎434-18
kisuikuko@gmail.com
www.kisuikuko.com
(更新日:2020.05.25)

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