ある視点

すべすべ、ざらざら、ふさふさ。
普段はあまり文章を書くことがない
本屋さんが紡ぐ、まっしろで、
肌触りのある言葉たち。
小さなまちの本屋さんが選ぶ、
手触りのある3冊。
vol.12 忘れたくない場所へといざなってくれる本
芸術書専門の古書店を那覇で始めて14年目になります。最初のお店は店舗付き住宅だったので、子育てをしながら無我夢中で営業をしていました。倉庫が欲しいと思っていた9年目の春に、「牧志公設市場(国際通りから路地を少し入ったところにある屋内市場)のすぐ近くの住宅街にある二階建ての古民家に空きが出るよ」と紹介されたことをきっかけに移転。そして今年に入ってから、建物の老朽化のため再び二度目の引越しをしました。
幸運なことに3つの店舗すべて、「開店・移転をしようかな、しなければ」という時に、実に良いタイミングで友人たちが紹介してくれたり、引き継がせてくれたりした場所です。
2020年3月、コロナ禍第一波迫る時に3回目の引越しが重なり、改装工事もままならないまま休業。7月10日にようやく再オープンとなり、なんとも忘れられない再出発となりました。
新店舗は、那覇市壺屋(つぼや)という、琉球王朝時代から陶芸の盛んな土地の端にあります。民藝の息づく町・岡山県倉敷にある大学で陶芸の勉強をしていたので、まさか壺屋にお店を構えることになるとは想像もしていませんでした。不思議な縁を感じます。
休業中は、改装工事をしながら店舗周辺の土地のことを調べたり、関連する(とんでもなく彼方にある関係ないと思われるものも含めて)資料をいくつか読んだりしていました。壺屋の「やちむん」のことから始まり、戦前の町を知る手記や、「手」から生まれる仕事や所作のことを知れば知るほど、最近の不穏な気持ちがどんどん払拭されていくのを感じました。それ以外にも、コロナ禍の影響での外出自粛期間を含むこの数カ月の間に読んだ本の中から、いま紹介したい3冊を選びました。
土がいまに繋ぐ風景を歩く
『琉球の陶器 復刻版』 柳宗悦(編)・平良邦夫(解題)
(榕樹社)3,398円(税抜き)
戦前の壺屋の風景を知りたくて、数年前に読んだ本『琉球の陶器』を読み返してから町を歩いてみた。
大正期と戦前の昭和期に濱田庄司や河井寛次郎、そして柳宗悦といった陶芸家や民藝協会の同人たちが壺屋を訪れて、滞在中のことや陶業史を各氏ほかが執筆しまとめたのがこの本だ。壺屋のこの辺りは、壊滅的な被害を受けた沖縄戦でも奇跡的に戦災を免れていて、登窯や民家の石垣、集落内の道の輪郭などが戦後もずっと変わらず残っている。今では所狭しと家々が立ち並ぶ住宅街でもあるが、それでも陶芸の工房がいくつか点在していて、焼き物屋が並ぶ「やちむん通り」から1本すーじぐゎー(路地)を入ると時間が止まってしまったかのような静かな風景を見ることができる。
じりじりと暑い日差しを避けて緑の木陰で休んでいたある日、この本のなかの「壺屋の仕事」という章の一文を思い出した。濱田が壺屋で滞在し作陶した日々の中で、他の陶工たちの手仕事と、ここでの暮らしそのものに至極感動した時のものだ。
“もっと素晴らしかったのは、壺屋全体の暮しと仕事とに保たれている純粋さ、それも濃い純粋さだった”
忘れてしまっている原初のことを思い出させてくれる、そんな体験だったのだと思う。
現在、お店の正面から100m程先のところで、新しいホテルの建設工事が行われている。地中を大きく掘っている最中に横の小道を通りかかり、ふと土の断面を見てみるといくつかの層になっていた。数百年前までは壺屋や周辺の土地から焼き物用の土を精製して使っていたのだそうで、「大昔にはこの土を使ってマカイ(茶碗)を焼いていたのかな……」そんなことが頭をよぎり、今では工事現場を通りかかるたびに土の色を確認するようになってしまった。
見たことのない世界は、手元にあった
『美しい痕跡 手書きへの讃歌』 フランチェスカ・ビアゼットン(著)・萱野有美(訳)
(みすず書房)3,400円(税抜き)
数カ月前に、よく通う書店の店頭で1冊の本を手に取った。殴り書きのように描かれた絵が表紙になっていて、滲んだインクの跡がドローイングのようでもあった。帯に「イタリアを代表するカリグラファーからのメッセージ」と書かれているが、表紙の線描は解読出来ず、イタリア語やアルファベットとも思えなかった。
「カリグラフィ」のことを知ったのは大学生の時。同級生の女の子が時々カードにカリグラフィでメッセージを書いてお菓子やプレゼントに添えてくれた。しばらくしてその女の子は学校に来なくなって、いつしか退学してしまっていた。
カリグラフィというと、このちょっと寂しくなる思い出がまず最初に出てくる。そんな記憶の中にあるカリグラフィと、この本の表紙の文字らしいものが、似ても似つかなくて混乱したけれども、じっくり読みたくなって本を買って帰った。
「カリグラフィ」とは、古代ヨーロッパから続く文字を美しく見せるための手法のこと(日本で言うところの「書道」にあたる)。なにより日々の鍛錬が必要なスポーツのようなもので、道具との相性もある。手先だけの技巧かと思いきや、体全体、その周りの空気感まで味方につけないと思う通りの文字を書くことが出来ない。著者はありとあらゆる「手書き」についての考察に目を見張らせ、観察し、動作を記録し、自身の仕事と結び付けたり解したりしている。本書に出てくる数々の魅力的なエピソードや引用文からもそれが見て取れる。
読み終えて本を閉じた瞬間から、手帳のメモ書きや曇った鏡に描く落書き、古本屋の仕事でもある値札の本のタイトル書きなど、カリグラフィでなくとも文字を書く(描く!)ということがとても愛おしくなった。それが、たった一つの単語でも(手書きの文字って、こんなに魅力的だった?)。
自分の手元にも、見たことのない世界がまだまだあるようだ。
装丁家の人生を通じて、懐かしい景色に出会いなおす
『きょうかたるきのうのこと』 平野甲賀(著)
(晶文社)1,500円(税抜き)
2018年の2月に東京・神田の古書会館で競り市があったので、市会参加に合わせてギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催されていた「平野甲賀と晶文社展」を観に行った。本好きなら、必ずと言っていいほど「コウガグロテスク」の書体は見覚えがあるはずだ。
「コウガグロテスク」で作られたタイトルの書籍を含む、平野さんが1964年から1992年まで手掛けてきた晶文社の装丁を中心とした約600冊と、舞台などの公演のポスター80点が会場を埋め尽くしていてとにかく圧巻であった。また、平野さんが2014年から香川県の小豆島に移住されていたことも驚いた。私は香川出身で、小豆島は、小学生の時によく海水浴やキャンプに出かけていた馴染みの島だったからだ。
その翌年、香川県に里帰りをしていた時に高松の古書店で見つけたのが、『きょうかたるきのうのこと』だった。表紙を見てすぐに、銀座での展示の風景を思い出した。ページをめくると「あれ?」と、すぐに何かを感じた。フォントが丸いのだ。この丸さと、所々でふふっと笑ってしまう平野さんのエッセイの語り口調がとてもよく似合っている。
7,000冊以上の本の装丁を手掛けた中で本の著者達と交流したことや小豆島に移ってからの生活のこと、島のことなど、半世紀分のエピソードは、それはもうこの1冊では語り尽くせないだろうが、充分に「コウガライフヒストリー」を堪能できた。
購入してすぐ、巻末のあとがきまであっという間に読み切ってしまったが、コロナの自粛中にふと思い出して手にとってみた。小豆島には島の人たちだけが出演する伝統芸能・農村歌舞伎が2カ所残っていて、とても気持ちのよい野外の舞台がある。章のタイトルにもなっている「風が吹いてきたよ」は、肥土山というところにある農村歌舞伎舞台で開かれたコンサートの名前でもある。私には、島の子どもたちに何かをやさしく指し示しているような呼びかけの言葉に聞こえる。
ほら、風が吹いてきたよ!
▼宮城さんのインタビュー記事もぜひご覧ください!
「“知らない世界”の入り口をつくる。学割のある、沖縄の小さな芸術書専門古書店。」
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宮城未来さん香川県高松市生まれ。「言事堂」店主。2000年に那覇に移住し、沖縄の文化・芸術活動拠点NPO「前島アートセンター」にて事務局やギャラリー、企画を担当、その後美術館学芸員補助やマングローブ植林NGO事務局にて勤務。2007年に芸術書専門の古書店を開店。那覇市松尾から同市壺屋へ引っ越し、2020年7月に再オープン。古書店を営む傍ら、沖縄の書店の歴史調査や、子どもための居場所づくりなども行う。
言事堂
沖縄県那覇市壺屋1-4-4 1F左
098-864-0315
http://books-cotocoto.com/
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