ある視点

触れられなくても、確かにあるものたちの本

すべすべ、ざらざら、ふさふさ。

普段はあまり文章を書くことがない
本屋さんが紡ぐ、まっしろで、
肌触りのある言葉たち。

小さなまちの本屋さんが選ぶ、
手触りのある3冊。

vol.18 触れられなくても、確かにあるものたちの本

竹村琢さん(「Book&Coffee coyomi」店主/兵庫県)

兵庫県は淡路島の真ん中あたり、洲本市で2020年1月にオープンいたしました。
改装された古民家の店内では、コーヒーを飲みながら本が読め、気に入った本は購入もできます。本は古本がメイン、コーヒーは自家焙煎です。淡路島の古い本や、昭和を感じる雑誌、カラー写真で昭和を振り返ることができるカラーブックスなど、絶版になった本も多く、様々なジャンルの古本が陳列されています。

 

淡路島では本屋さんがどんどん姿を消しています。街の古本屋さんはとうとう島から無くなってしまい、古本たちは行き場を失っています。そんな現状を変えたくて、このブックカフェ「Book&Coffee coyomi」をオープンしました。お陰様で、お客様から本をいただく機会が多いのですが、タダでいただくのは忍びないと思い、当店ではコーヒーチケットをお渡しするようにしています。「そうやって、行き場のない淡路島の古本が全部集まってくればいいのに!」と思いながら、日々営業しております。

 

今回は、全く違うジャンルの3冊を選んでみました。
コロナ禍において、当店も厳しい状況が続いています。そんな中でも色々な方が手を差し伸べてくださり、人のやさしさに触れることができました。そんな厳しさや、やさしさに触れることができたのは、このコロナ禍での僥倖(ぎょうこう)でした。本は世界を広げます。読むだけで様々な世界に触れることができ、宇宙にだってどこにだって行くことができます。でも、それだけじゃあ生きていけません。実際に触れて、触れられることで血肉になるものも多いのです。一通り読み終わったら、寺山修司氏の言葉を借りてこう言いましょう。「書を捨てよ、町へ出よう」。

感触はなくとも、確かにあるもの

『エルマーのぼうけん』 ルース・スタイルス・ガネット(著)・ルース・クリスマン・ガネット(絵)・わたなべしげお(訳)
福音館書店)/1,200円(税別)

突然ですが、「りゅう」を触ったことがありますか?

 

どんな質感なんだろう?硬い?やわらかい?すべすべ?ごつごつ?「りゅう」という言葉や存在は何となく知っているけれど、見たことも触ったこともない。それが「りゅう」。実は「心」も、言葉では知っているし、自分も持っているものだけれど、それが丸いのか、角ばっているのか、大きいのか、小さいのか、誰も知らない。

 

『エルマーのぼうけん』では、囚われているりゅうを助けに行くエルマーの前に、トラやサイ、ライオンにゴリラにワニと、怖くていじわるなどうぶつが現れる。そんな時、エルマーは旅の出発の契機になった年老いた猫の話を思い出す。猫はちゃんとエルマーに知恵を授けてくれていた。その知恵を使って、エルマーは、いじわるなどうぶつにロープでつながれ、いじめられ、働かされているりゅうを助け出す。虐げられていたりゅうが助かった時の喜びようはいかほどだっただろう。

 

そんな「りゅう」と同じで、僕たちの「心」もいじわるで怖いやつらにいじめられることや、つながれたまま自由になれないこともある。でも、もしかしたらもう助言はもらっているのかもしれない。あとは動くだけなんだ。そろそろ僕たちも、エルマーにならって知恵と勇気で「心」を助け出そう。

 

大きな空に、自由に羽ばたけるように。

触れられないからこその愛おしさ

『あなたと読む恋の歌百首』 俵万智
朝日新聞社)/1,200円(税別)

恋は触れるもの、愛は重ねるもの。愛が無くても恋はできる。初恋から失恋、果ては邪恋に横恋慕まであるけれど、恋なんてものは常に一方通行。森見登美彦氏の著書にも「成就した恋ほど語るに値しないものはない」とあるように、意中の相手に触れたくても触れられないからこその愛おしさ・尊さがある。

 

本書では、そんな恋心を歌にして詠むことで、わずか30字程度の短い言葉に想いを凝縮している。凝縮された想いは成就されたのか、はたまた散ってしまったのか。想い人のことを考えながら、そっと自分の恋心に触れてみよう。

明日には自分に降りかかるかもしれない冷たさ、痛み

本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』 石井光太
文藝春秋)/1,500円(税別)

この本の冒頭に「17歳の君たちへ」とある。
17歳の君たちが普段、何気なく生きている社会は多分恵まれている。確かにとても裕福じゃないかもしれないけれど、清潔な水がすぐに手に入り、公衆衛生も整備され、命の危険を感じる場面にはそうそう出合わない。でも世の中には全然違う社会がある。その日その日をどうやって生きるか、命の危険といつでも隣り合わせ。

 

それは外国に限った話じゃなく、日本にだってある。どうしても、人間は自分の置かれている場所を基準に考えてしまうから、そんな貧困から来る生活を想像しにくい。でも、自分は絶対にそうならないという保証はどこにも無いはずだ。
案外、貧困はすぐ近くにいる。

 

本書では、貧困が少年犯罪や売春、ドラッグ、果ては戦争にまで関係していることを、データや例を用いてわかりやすく説明してくれている。読めば読むほど、本当に明日にでも貧困による問題を抱えてしまうかもしれないことがわかる。そんな社会問題を無視して生きていくことが、僕たちにとって正解だろうか。「無関心は核ミサイルと同じくらいの暴力」だと、作者の石井光太氏も作中で述べている。

 

自分一人で解決できなくても、その問題について考え理解することはできる。今まで関わりが無いと思っていたって、僕たちはすでにその問題に触れていた。触れてしまったものを無かったことにはできない。今まで見て見ぬふりをしていただけだ。その触れてしまった問題は冷たくて痛くてしんどい。でも、それを柔らかくて暖かい大きな手で包んでみてほしい。
「人生に革命を起こす出会い」。それだけで解決するかもしれない未来が待っている。

竹村琢さん
和歌山県出身。祖父も本屋だった。その影響もあり、20代半ばで転職し広島で書店員になる。約7年前に淡路島に移住。移住についてのドタバタで本が一冊書けるほど。積ん読上等。発売日に購入して半年ほど寝かせて熟成させるのが好き。ベッド横のテーブルには本が数冊積まれており、寝る前に夜食感覚でつまみ読みをしている。犬派だけど猫を二匹飼っている。

Book&Coffee coyomi
兵庫県洲本市中川原町中川原92-1
080-2450-4453
https://bccoyomi.thebase.in/
(更新日:2021.01.07)

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