ある視点
すべすべ、ざらざら、ふさふさ。
普段はあまり文章を書くことがない
本屋さんが紡ぐ、まっしろで、
肌触りのある言葉たち。
小さなまちの本屋さんが選ぶ、
手触りのある3冊。
vol.11 変わっていくものと、変わらないもの
岐阜県恵那市の山と川に囲まれた古民家で古本屋「庭文庫」をはじめてから、2年とすこしが経った。
開店前に「こんな田舎で本屋をしても、誰も来んやろ」と半分心配そうに、半分は面白そうに言っていた近くの大工さんは開店初日から驚いていた。ネットでの告知を見て、遠くから人が訪ねて来てくれていたからだ。
変わっていくものと、変わらないものがある。
古民家や、大きなカヤの木、店内の机、箪笥(たんす)はわたしたちよりずっとずっと長生きで、きっとたくさんの人や風景を見つめてきた。置いてある古本もそうだ。一方で、ネットが普及し、みんながスマホを持ち、誰でもSNSができる時代だからこそ、わたしたちのお店は遠くのあなたに知ってもらえて、気が向けばGoogle マップを辿って来てもらうことができる。ひと昔前ならこの場所で広告費をほとんどかけないお店に、遠くからのお客さんが訪れるなんて夢物語でしかない。
変わることも、変わらないことも、おなじように尊い。
その中でわたしたちは、なにを変えて、なにを残すか、きっと選んでいけるはずだ、と信じている。時代が変わっても、手触りのある本と、自然と、場所と、一緒にいたいと思ってはじめたお店だから、この連載で文章を書かせてもらって嬉しい。
変わっていく日々の中の、変わらない手触り。そんな本たちをすこしだけ紹介します。
手で触れる文章
『薔薇のことぶれ』志村ふくみ
(人文書院)2,800円(税抜き)
志村ふくみは、言わずと知れた染織りの人間国宝だ。彼女が自然の色を借りて写し、丁寧に織った布は、触らなくても柔らかな手触りがあることがわかる。
彼女の文章は、その布に似ている。まるで少女が書いたような瑞々しさと、静かで上品で素朴な匂いが文章から立ち上る。詩人リルケの人生を書簡とともに追ったこの一冊は、リルケの生涯を知るとともに、志村ふくみの美しい文章が読みたくなったときに開く本でもある。
布が輝いているように見える、そんな装丁も綺麗。
心で触れる詩と写真
『写訳 春と修羅』宮沢賢治・齋藤陽道(写真、エッセイ)
(ナナロク社)1,600円(税抜き)
幼い頃から宮沢賢治の詩や文章が苦手だった。暗いような、弱いような、そんな印象が拭えず、ずっと遠巻きにしていた。この本をたまたま手にとって、齋藤さんの写真と、そこにある三つの詩を読んで、はじめて宮沢賢治のことがすこしだけわかったような気がした。
誰にも見えないところにある青い色。悲しみと呼ぶには明るく、希望と呼ぶには暗すぎる、そんな青色を賢治はずっと胸に持ち、農村をまわり、詩や文章を書いた。その色を、写真で齋藤さんが写した。この本で、賢治の魂の色に、はじめて触れられたように思う。
青い糸で綴じられた本は美しくて、ナナロク社さんの本作りはいつも本当に素敵だな、と思う。本文中の齋藤陽道さんのエッセイも必読。
友達と触れる
『ともだちは海のにおい』工藤直子(著)・長新太(絵)
(理論社)1,500円(税抜き)
物語は、人を遠くへ連れて行ってくれる。この本の中に出てくる、「いるかくん」と「くじらくん」はわたしの古い友人のような気がする。
遠い海で、彼らが今もビールを飲んだり、詩を書いたりしていることを思うだけで、こころがほっとする。なんてことない日常の、なんてことのないやりとりは、この海だけじゃなくて、わたしたちのまわりのそこここで行われている。そのやりとりこそが、毎日を豊穣なものとすることを、きっとこれを書いた工藤直子さんはよく知っている。
装丁や挿絵にも使われている長新太さんの絵も、本当にこの本の「いるかくん」と「くじらくん」の姿にぴったりだ。
どれだけ社会が変わっても、一緒にお茶を飲んだり、旅先からの手紙を受け取ってくれたりする、そんな大事な人がひとり居るだけで、世界はがらりと明るくなることを教えてくれる。
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百瀬実希さん沖縄出身。大阪の大学を卒業し、東京で働いて、夫のいる岐阜県恵那市に越してきました。この場所にある、美しい山々と川、どっしり頼もしい古民家が好きです。ちかいうちにふたりで「あさやけ出版」という小さな出版社をはじめます。古本「庭文庫」は宿機能を持たせた「泊まれる古本屋」になる予定。名古屋から車や電車で1時間半くらいです。無理のないタイミングで、ぜひ遊びにいらしてください。
古本 庭文庫
岐阜県恵那市笠置町河合1462-3
http://niwabunko.com/
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