ある視点

揺らぎながら、問い続ける

すべすべ、ざらざら、ふさふさ。

普段はあまり文章を書くことがない
本屋さんが紡ぐ、まっしろで、
肌触りのある言葉たち。

小さなまちの本屋さんが選ぶ、
手触りのある3冊。

vol.17 揺らぎながら、問い続ける

森本千佳さん(「本屋と活版印刷所の屋根裏」店主/熊本県)

熊本県天草市にある、古書を中心に新刊も扱う書店兼ギャラリー「本屋と活版印刷所の屋根裏」です。珈琲も飲めます。猫が3匹います。店主がひとりで青い店を作りました。店の隣に住んでいるので、朝10時から“寝るまで”営業しています。「本屋と活版印刷所」の姉妹店として2020年の6月22日に開店したばかりです。

 

世の中は「ただ話す。ただ聴く。」っていうことが少なくなってしまったと思っています。この行為が無駄なことのように思われているんじゃないかとさえ感じます。会話はスムーズな応酬、迅速なレスポンス、そしてカタルシスが求められている。んなことあるか。
そんな思いから、「ただ話す。ただ聴く。」ことができる空間をつくり、そしてそこでの時間を助けてくれるような本を、このお店に置きたいと思いました。

 

時々、会話のあとで、ひどい後悔に襲われることがあります。また、Facebookの「いいね」に代表されるSNSのリアクションボタン。最初見たときは違和感があって、私の感情はこれだけじゃないと思っていたのに、とりあえず用意された感情で即座に反応することに慣れてしまいました。その行為はいつのまにか会話にも侵食しています。人の感情は本当にさまざまで、日々揺らいでいる。それを「自分のことば」にしていくのにはもっと時間がかかる。よく見たい。よく見ていても表せるとは限らない。それでも見て、そして自分でことばにしてみたいと思います。

そんな揺らぎについて考えるときに思い出す3冊です。

狭間で揺れ動く自分をよく見つめる

おやときどきこども』鳥羽和久
ナナロク社)/1,600円(税別)

 

著者の鳥羽和久さんは福岡市にある塾の経営者でありながら、その塾の先生でもあり、単位制高校の校長先生でもあり、また、「とらきつね」という書店&イベントスペースも運営されています。ご自身が日ごろ直接向き合っている大人(親)と子供。子供は突然大人になるわけではなく、ひとりの人間で、親もまたひとりの人間で、いつも正しさのなかにいるわけではない。それにも関わらず、まま自分の思う「正しさ」にがんじがらめになってしまう。そんな、親子のさまざまな問題について描かれた一冊。

 

お店にちらほらとやってくる年の若い方と話をするとき、思うことがあり、答えめいたことを言いたくなってしまうことがあります。けれど大事なのは、「正しいかもしれないこと」と「正しくないかもしれないこと」の間で揺れているその状態そのものなのではないか。そして、すぐに未来を語るのではなく、今起きている状態をなるべくよく見つめてあげることではないかと思います。

踏みつけた私にも、何かができる

みな、やっとの思いで坂をのぼる 水俣病患者相談のいま』永野三智
ころから)/1,800円(税別)

熊本県水俣市、不知火海(八代海の別称。九州本土と天草諸島に囲まれた内海で、旧暦の8月1日の深夜に海上に現れる不知火から不知火海(しらぬいかい)と呼ばれている)の見える丘の上に「水俣病センター相思社」はあります。著者である永野三智さんはそこで水俣病に関する問題についての声を聴き、各地で講演をされています。本の中には、永野さんに対してようやく「いま」自らの想いを語りはじめた人々の声が描かれています。

 

水俣病という病気については、原因が特定され、新たな患者は出ておらず、補償もある程度されている過去の出来事だと、私は思っていました。しかし、この問題に今も携わる人がいるということは、解決されていない問題があるということです。

 

便利さを選んだことで誰かを踏みつけて生きている。踏みつけた私にも何かができるのではないかと考えながら本を手に取る。そして読みながら心はいつも揺れます。「本を読んだところで何ができるのか、何もできない」と思う気持ち。でも、これを知り続けること、人に伝え続けることで、作家・石牟礼道子さん(代表作である「苦海浄土」は水俣病の現実を描いた作品として高く評価される)の言う「悶え加勢」(もだえかせ)はできると思う気持ち。悶え加勢とは、苦しんでいる人がいるとき、何か力になれないかとその人の家に向かうが、なすすべがなく家の前を行ったり来たりして、ただ一緒に苦しむこと。そうすることで、その人の苦しみは少し楽になると、石牟礼さんは説いています。自分の揺れを許しながら、問題に関わり続けたいと思うのです。

「違う」歓び

異なり記念日 シリーズケアをひらく』齋藤陽道
医学書院)/2,000円(税別)

齋藤陽道さんは、ろう者の写真家です。齋藤さんは「聴こえる」両親を持つろう者で、手話を使うようになったのは高校生になってから。奥さんのまなみさんはろう者の両親の元、自身も聴覚障がいをもって生まれ、手話で育ちました。手話は日本語と同じ独立した言語で、視覚・聴覚を中心に確立したろう文化もあります。そして、陽道さんとまなみさんの間に生まれたのは「聴こえる」子供でした。本の中では、身体も、育った文化も違う家族の日々が描かれています。

 

違いに戸惑うのではなく、違いを歓びに変えて暮らす家族。よく見たり、触れたりすることによってたくさんの会話を交わすこと。それぞれの違いを認めて楽しむことによって、私たちの「あたりまえ」は問い直され、より、日常が暮らしやすくなるのかもしれません。

 

また、手話という言語を知ることで、「自分のことば」を取得することがどんなに大事なことかもわかります。ことばを得ることは生きる喜びや思考の深まりに繋がる。見る言語である手話を使ったコミュニケーションの「ろう文化」を知ると、音声を中心にした「聴文化」の当たり前が覆され、身体全部で会話がしたくなります。

森本千佳さん
富山県出身、埼玉育ち。なんとなく惹かれた天草に移住して7年目です。海も山も美しいこの場所で、まさか夫婦で本に関わる店をすることになろうとは。本に助けられながら、お客様に助けられながら、本屋としてもギャラリーとしてもやりたいことがむくむくと溢れています。ぜひ、いつか、天草にいらしてください。お店に入った人はすべて家族と思っている猫とお待ちしています。

本屋と活版印刷所の屋根裏
熊本県天草市中央新町19-1
http://booksandletterpress.com

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(更新日:2020.12.25)

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