ある視点
すべすべ、ざらざら、ふさふさ。
普段はあまり文章を書くことがない
本屋さんが紡ぐ、まっしろで、
肌触りのある言葉たち。
小さなまちの本屋さんが選ぶ、
手触りのある3冊。
vol.6 いつ閉じてもいい、いつ開いてもいい。
奈良県大和郡山市で「とほん」という小さな本屋を2014年に開きました。屋号の「とほん」は英語にすると「and book」。〈町とほん〉〈人とほん〉〈大和郡山とほん〉など、いろいろなものごとに本とつながっていこうと名づけました。また、「とほん」を辞書で引くと「ぼんやり」という意味もあり、ちょっとひと息つけるような、ぼんやりした本屋も目指しています。
先の見えないコロナ禍のなかで、本を読むという実感が求められていることを、店番をしながらも感じます。読書は自分のペースで自分と向き合うことのできる行為です。いつ閉じてもいい、いつ開いてもいい。刻々と変わる状況に流されそうなとき、本があることがきっと支えになると信じています。
青年が綴る言葉の、ヒリヒリとした手触り
『雲と鉛筆』吉田篤弘
(ちくまプリマ―新書)680円(税別)
“これからしばらくのあいだ、遠い街にでかけるのは控え、これまで考えてきたことのつづきを考えてみたい。それで何か思いつくことがあったら、いつもこの青いノートに書いてみよう。”
主人公の青年は鉛筆工場で働き、屋根裏部屋に住み、たくさん本を読み、鉛筆で雲を描き、たまに遠い街に住む姉に手紙を書きます。行動範囲はほぼ決まっていて、行きつけの喫茶店、床屋、お茶屋さん。出会うのもいつも同じ人たち。変わらないように見える日常のなか、その日あった会話や、自分の想いを鉛筆で記したノートが本書という設定です。
ある日、姉から青年のもとに届いた手紙には、次のようなことが書かれています。
“壊れたものには、動いているものと違う美しさがある。動けばそれは道具だけど、動かないジューサーミキサーは、その役割から解放されて、そのうち、ジューサーミキサーという名前からも自由になりました。(中略)壊れてしまったものは悲しいものではないのだと、この歳になって、ようやく知りました。”
遠くに行かなくても、日常の会話や思いを深めていくことで、世界の見え方が少しずつ変わっていく。
この本を手にした2年前、人生について深く問い直そうとする青年が綴ったノートを、マイペースに日常や自分と向きあうための物語だと感じていました。しかし、あらためて読み返してみると、青年のその姿勢が今を生きようとする私たちの在り方と重なり、当時とは異なるヒリヒリとした手触りを感じます。
本からも物語からも立ち現れる、白いもの質感
『すべての、白いものたちの』ハン・ガン(著)斎藤真理子(訳)
(河出書房新社)/2,000円(税別)
”白いものたちについて書こうと決めた。春。そのとき私が最初にやったのは、目録を作ることだった。
おくるみ
うぶき
しお
ゆき
こおり
(中略)
単語を一つ書きとめるたび、不思議に胸がさわいだ。この本を完成させたい。これを書く時間の中で、何かを変えることができそうだと思った。傷口に塗る白い軟膏と、そこにかぶせる白いガーゼが私には必要だったのだと。”
先ほど紹介した本のように、主人公が書き綴る言葉がそのまま物語になっている小説。 この冒頭から物語に没頭しました。語り手は故郷の朝鮮半島を離れ、ワルシャワの町で暮らす女性です。 書きとめ続けられるさまざまな白いものたち。それは、亡くなった姉の魂の象徴であり、彼女を守ってくれる存在でもあるのです。
書籍のページには色味やテクスチャーが微妙に違う白い紙が数種類使われています。本そのものからも立ち現れるさまざまな白の質感が強く印象に残る1冊です。
みずみずしかったり、ふっくらしていたり
『90歳セツの新聞ちぎり絵』木村セツ
(里山社)1,800円(税別)
ご主人が亡くなり、娘さんの勧めで90歳から新聞ちぎり絵を始めた木村セツさん。新聞紙面から素材を集め、小さくちぎって糊で貼った作品たちは、それまで趣味でも絵を描いたことがなかったとは信じられない完成度です。
食べることが好きだというセツさん。モチーフは野菜や食べ物が多く、鋭い色彩感覚でつくられたちぎり絵はみずみずしかったり、ふっくらしていたり、どれもリアルで存在感があります。
”やり始めたらどんどん興味わいてしまって、一心になってしもて、娘に「おかあさん、飲み物も冷たなってたで」って言われた。次の日にまたがるのは嫌や。その日に仕上げてしまって最後まで見届けたい。”
本書には作品とともにセツさんの言葉や作業風景、使う道具や手順も丁寧に紹介されています。セツさんの姿を目に浮かべつつ作品を見ると、生き生きとした手触りを感じとることができるでしょう。
このコロナ禍がなければ、4月から5月にかけて当店でセツさんのちぎり絵の展示をする予定でしたが、残念ながら延期となってしまいました。落ち着いた頃に開催したいと、出版社の里山社さんと相談しています。無事にセツさんのちぎり絵展が開催されることとなり、遠方からでも来場が可能な世界になっていましたら、みなさまぜひお越しください。
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砂川昌広さんとほん店主。大阪にあった本屋で書店員として14年間勤務したのち、2014年2月に奈良県大和郡山市・やなぎまち商店街にある元畳屋をリノベーションした建物の一角で個人書店を開業。大和郡山市は金魚の産地として有名なので本屋の中で金魚を2匹飼育しています。名前はタロジロウとジロタロウ。
出版業界誌「新文化」にて関西の書店紹介記事も担当しています。
とほん
奈良県大和郡山市柳4-28
tohontohon@gmail.com
080-8344-7676
https://www.to-hon.com
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