ある視点

手を動かして、足を動かして。

すべすべ、ざらざら、ふさふさ。

普段はあまり文章を書くことがない
本屋さんが紡ぐ、まっしろで、
肌触りのある言葉たち。

小さなまちの本屋さんが選ぶ、
手触りのある3冊。

vol.5 手を動かして、足を動かして。

本居淳一さん(「ひらすま書房」店主/富山県)

富山県射水市にある古本屋です。大正時代に建てられた旧郵便局の建物を使った文化施設「LETTER」の1階に店舗を構えています。古本を中心に、富山県では取り扱いの少ない小さな出版社から発行されているリトルプレスや個人で発行しているZINEも販売し、さまざまな本との出会いができるように心がけています。本好きだけでなく普段本を読まない方でも「こんな本もあるんだ」と興味をもってもらえるような本をなるべく選んで置いています。

 

店名の「ひらすま」とは、富山県の西側の方言で「お昼寝」のこと。忙しい毎日を過ごす人たちに、お昼寝のように忙しさから離れて、のんびりと時が流れる店内で、本を読むきっかけづくりができればうれしいです。今回のテーマ「手触りのあるもの」に関する本の選書は少し難しかったのですが、人のやさしさやぬくもりを感じられる本をセレクトしてみました。

 

手触りのある空間を守るために

どこにでもあるどこかになる前に。〜富山見聞逡巡記〜』 藤井聡子
里山社/1,900円(税別)

 

富山の珍スポットを紹介するミニコミ「郷土愛バカ一代」を発行し、富山県のみならず、全国にもファンの多いピストン藤井さんが本名の藤井聡子名義で出版した初の単行本です。
どこにでもありそうな風景に変わり個性を消す再開発、人と違ったことをすると変な目で見られる地方の閉鎖性など、東京から富山へUターンした筆者が富山で感じる苦悩や葛藤、人との出会いを描いたこの本は、本来の街やそこに住む人の意味を考えさせられる一冊です。

 

地方に住む人ならもちろん、都会に住む人もこのなんとも言えない思いに共感し、街というものを改めて考えるきっかけとなると思います。街はそこに住む人たちの思いややさしさによってつくられたもの、そんな手触りのある空間を守るために、今自分たちはどうしていかなければならないか、ぜひ考えてみてください。

 

そして藤井さんの書く文章は、ミニコミ誌でも痛快な文章が魅力なだけあって、スーと頭に入ってわかりやすく、止まることなく読み進められると思います。ぜひあまり本を読まない方にも手にとってもらいたいです。実は藤井さんとは本屋を始めてからの知り合いなのですが、登場する人や場所など私にとっても馴染み深い部分が多く、とても感慨深い一冊です。
ぜひ、この本を読んで富山に遊びにきてください。

 

季節や時間は、「歩くはやさ」で動いている

歩くはやさで』 文・松本 巌/絵・堺 直子
小さい書房)/1,400円(税別)

2冊目に選んだのは絵本です。余白を十分にとったやさしい絵と心に染みる短い文。この不安な状況を生き抜く中で、心をリセットしてくれるような一冊です。

 

今、メディアからはさまざまな情報があふれ、どれも不安を煽るものばかり。毎日テレビやSNSからは、感染者の情報、喧嘩をするような批判や討論が繰り返され、あまりいい気持ちではありません。そのような状況に嫌気がさして、我が家ではどんどんテレビをつけなくなりました。そんな中で改めてこの絵本を読んでみると、実は季節や時間は「歩くはやさ」で動いている、わざわざ自分がその速さを変えてしまっているんだと感じました。筆者があとがきで

 

自分の目で確かめ、自分で行動する。トクしたい。ムダはイヤ。楽して楽しいがいい。でもそれは、いつも何かを得たようで奪われているのかもしれない。

 

と述べるように、スマホやメディアから与えられる情報は便利で楽だけど、誰かが選んだもの。自分の五感を信じて自分で決めることで、ちょっと周り道をしたり、ちょっと面倒になってしまったりしても、そこから得るものはたくさんあるのではないでしょうか。

 

こんな状況だからこそ、一旦立ち止まり、ゆったりとした時間の中で1ページ1ページ、言葉を感じながら読んでもらいたいです。 「ひとりで読んでも、子どもと読んでも」がキャッチフレーズの出版社「小さい書房」が出版する絵本は、読み終わったあとに、日々忘れてしまいがちな感覚を思い出させくれるものが多く、どの絵本もおすすめです。

 

紙を前にして、書きたいから書く

野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る(シリーズ・日常術) 』 野中モモ
晶文社)/1,500円(税別)

当店では、自分の思いを紙媒体で発信する小冊子=「ZINE(ジン)」に注目してきました。一般の方にはあまり馴染みのない「ZINE」ですが、簡単な「ZINE」づくりワークショップを行ったり、「ZINE」について語ったりと少しでも知ってもらおうとイベントをすることもあります。この本は、そんな世界一小さなメディアと言われる「ZINE」のことを知り尽くした野中モモさんが今年の3月に出した新刊です。インターネットが発達して、紙媒体の勢いはなくなってきたけれど、売れる売れないは別にして、「書きたいから書く」、作者の思いのままに作り出される「ZINE」の魅力にぜひこの本で触れていただきたいです。

 

「ZINE」は、もちろん自分の思いを伝えるという部分が大切なのですが、その他に、紙を前にしてどこにどのように書くか考える、手を動かして文字を書く、色を塗る、糸で綴じるなど、さまざまな工程を経て冊子をつくることや、できあがったものを使っていろいろな人とコミュニケーションをとることなど、目の前に手で触れられる一冊の「ZINE」があるからこそできる、さまざまなきっかけを生み出せる今の時代に必要なツールだと思っています。
学校を卒業し、日々パソコンやスマホしか使わなくなった人にとって紙に文字を記すという行為はむしろ珍しいものとなってきています。そんなちょっと面倒くさいなと思うところに、思わぬ発見が潜んでいるかもしれませんね。

本居淳一さん
富山県出身。大学を卒業後、地元で教員になる。仕事で悩んでいた時、旅する本屋「放浪書房」に出会い、多様な生き方を目の当たりにする。その頃から全国各地で行われていた一箱古本市に参加し始め、本を売る楽しさを知り、本屋として生きることを決める。その後イベントでの移動販売、自宅の玄関を本屋にした「隠れ家本屋」を営みながら、地元の古書店での店番や買取の手伝いなどで経験を重ね、2016年に生まれ育った町で実店舗をオープンする。

ひらすま書房
富山県射水市戸破6360 LETTER 1F
hirasumashobo@gmail.com
080-4251-0424
www.hirasumashobo.com
(更新日:2020.06.05)

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