ある視点
vol.39 神山への地域留学2年目。「今、感じていることを言葉にするのがもったいない」
2019年春、神山町にある城西高校神山校(以下、神山校)に、地域留学生としてやってきた「いぐっちゃん」こと、井口結衣さん from 静岡県浜松市。神山校で一人目の県外生となりました。今は、町が運営する神山校の寮「あゆハウス」に暮らしながら高校に通っています。
神山のまちは、彼女を“まちの子ども”として迎え入れています。“子はかすがい”と言うけれど、彼女の存在は神山の人たちを結びあわせる糸として働いているよう。きっと子どもって、本来的にそういう存在なんだろうな。
高校1年生の秋と2年生の夏に行った2回のインタビューから、いぐっちゃんのことを伝えたいと思います。
やりたいことはなかったけど、
「ここにいたい」と思った
井口さんが神山を知るきっかけになったのは、当時大学生だったお兄さん。ゼミの旅行で神山を訪れたときに、神山校が地域留学の受け入れを始めることを知り「結衣にどうだろう?」とまずはお母さんに話したそうです。
小さい頃から昆虫や動物が好きだったし、山あいの高校で3年間過ごすのもいいかもしれないーーおそらくはそんな親心から、お母さんはさりげなさを装って「徳島にこんな高校があるよ」と伝えたのではないかと想像します。
「母から神山の話を聞いたのは中3の秋くらいに、友達と一緒に買い物に行った帰りの車のなかで。テンションがハイになっていたから、『えー? 行かないよー』みたいな感じで流したんです。『そんなんあるわけないじゃん。友達も行かないし、徳島っていまいち場所わかんないし』って。
後になって、ふっと暇なときに『あれは何ていう町だっけ?』と調べたら、神山町のウェブサイトのデザインがすごくかっこよくて。写真に写っている川もすごくきれいだし、いい感じだなあと興味が出てきて。中学生向けの体験入学イベント『地域留学2days』に行ってみたいって母に伝えたら、すんなり『結衣がやりたいことをやっていいよ』って言ってくれました。
2daysのとき、『神山つなぐ公社』の杼谷 学さんが寄井商店街を案内してくれたんです。お惣菜屋『535』の五味さん、『きたいクリーニング』の鍛さんにお話を聞いて『なんでみんなこんなに幸せそうに仕事しているのかな?』と思いました。それに、杼谷さんはすれちがう人みんなと手を振りあっているんですよ。まちの人がお互いに知り合っていることにも『おおお!』ってなったし。
神山校で学びたいというより先に、『神山町にいたい』って思ってしまいました。特にやりたいことがあるわけじゃなかったけど、きらきらした大人たちがたくさんいるまちなら、やりたいことが見つかりそうだと思ったんです。
周りの人は本当にびっくりしていましたね。担任の先生は、『四国はいいところだよなぁ。でも、お前徳島がどこかわかってるか? 』って言いながらも、『手続きは手伝うから行ってきなさい』って最後は背中を叩いてくれました。今振り返ると、私は人に恵まれていたなぁとすごく思います」
いろんなことをしてきた人がいるから、
いろんな道があるのがわかる
神山に来た井口さんは、今まで出会ったことのなかったタイプの大人たちとの出会いを楽しんでいるよう。「何かに興味をもったときに『この人に話を聞いてみたい』って言ったら、すぐに周りの大人たちが会わせてくれる」と話します。
「たとえば、あゆハウスの寮生にお弁当をつくってくれている『神山スキーランド』の(地中)誠さん。ずっと『こんなにおいしいお弁当をつくるのはどんな人なんだろう?』と思っていたんです。寮に保護者会と地域の方たちを招く地域懇親会の食事を担当したとき、紹介してもらって誠さんに仕込みを手伝ってもらいました。
初めてプロの料理人を間近に見て、『なんてかっこいいんだ!』と料理が好きになりました。その後、料理人を目指して『かま屋』でバイトしている高校の先輩が、ときどき寮に来て一緒にごはんをつくってくれるようになって。野菜を切るスピードが全然ちがうし味付けもおいしくて、やっぱり料理している人ってかっこいい。ちょっとでも近づきたくて、今は私も『かま屋』でバイトしています。
あと、あゆファームの野菜づくりを教えてくれる久保さんが、『俺は土を触ることが大好きだ』と言ってて、すごいなと思ったんです。農家さんたちは、農業を仕事とすることにすごい誇りをもっていて。土のことや虫のこと、野菜のことに詳しくて、自分の言葉で教えられる。かっこいいなって思いました。
そんな感じで、興味がなかったものを急に好きになることが、神山に来てからけっこうあります。
いろんなことをしてきた人がたくさんいるから、いろんな道があって『次はどれをやってみようかな? 』て選べる感じが楽しい」
初日の夕食づくりに3時間!?
あゆハウスでの楽しい寮生活
高校入学と同時に、井口さんは「あゆハウス」に入寮。ハウスマスターたちのサポートのもと同級生たちと暮らしはじめました。
自分の14歳を振り返ると「親元を遠く離れて知り合いもいない土地に住む」なんて、すごく不安になっただろうと思います。「ホームシックはなかったの? 」と聞くと「全然!」という井口さん。「初日は水たまりに足を入れるイメージだったけど、不安よりは好奇心が勝ってたかな。どうなるんだろー? って感じだった」そうです。
「あゆハウスでは、朝と夜は寮生が自炊。みんなで話し合ってメニューを決めて、買い出しや調理を分担しています。初日はお互いに気を使うから、チャーハンをつくるのに3時間もかかっちゃったんですよ。しかも全然おいしくなくって。当時はごはんのことだけが心配でした(笑)。
1年生のときの寮生は5人。県外生かつ女子は私ひとりだけでした。虫が好きだったりするし、あまり女子っぽくないので、男子に囲まれていると気を使わなくていいし意外と楽ですね。中学の頃は、周りに合わせようとするうちに、自分がよくわからなくなる感じだったので。
生活に関することは、みんなで話し合って決めています。自分たちでルールをつくるっていう選択肢をもつのは、はじめてですね。自分たちで決めて、行き詰まったら変えていくというシステムはすごくいい。話すのが難しいことも、ちゃんと話そうとするようになるから、そういう意味でもよかったなと思っています。
あゆハウスには、5人の大人が『ハウスマスター』として毎日来てくれます。みなさん個性的で、得意分野も全然違うのでいろんな話を聞かせてもらえます。夜に、共用部と呼んでいる寮のリビングにみんな集まる時間がめちゃめちゃ楽しいです。みんなで星を見ながら話すときもあるし。共用部は22時に閉まるんですけど、いつもちょっとだけ時間が足りないなって思うんです」
春がきて、
はじめての後輩たちがやってきた
ここでの共同生活は、全員にとって本当にはじめてづくしでした。はじめて暮らす神山、あたらしい高校での生活、部活に入って活動したり、町のイベントに参加したり。毎日、新しいことに必死に向き合っているうちに、あっという間に一年が過ぎたよう。そして2年生の春がきて、あゆハウスに初めての後輩たちがやってきました。
「1年生の12月を過ぎた頃から本当に寮が楽しくなって。最初のうちはやっぱり相性のいい組み合わせがあったのですが、だんだん全員が全員と同じくらい仲がいいというか。『あ、ひとつになった』って感じがしたのが印象的でした。その感じが続いているから、本当に私、毎日めちゃくちゃ楽しくて。
学校にいるときも『早く寮のみんなと話したいなあ』って考えるくらい。沈んだ気持ちになったときも、夜の8 時くらいにはもうみんなと一緒に笑っています。
そうやって5人で1年やってきたから、初めての後輩を迎えることに対して、『どうなるんだろ? 』『後輩にはなんて呼ばれるんだろう? 』ってうずうずしました。新しい風が吹いてよくなるかもしれないけど、ひとつになれた5人の関係が崩れちゃうのは怖い。どっちの風が吹くかな? って不安もすごくあって。
ところが、今年は新型コロナウイルスの影響で3月初めに寮が閉まったので実家に帰っていたんです。やっと4月から学校の再開が決まり、『よっしゃ!』って始業式の前日に神山に戻って。寮生5人みんなでハイ・テンションになっていたら、その日の夜に再び休校が決まったので、また実家に帰ることになって……。あれはけっこう落ち込みました。
5月に入学校が再開するときに、県内生と同時に授業に参加できるように、県外生はあゆハウス内で2週間の待機期間を過ごすことになりました。ハウスマスターがひとり付き添ってくれて、1年生2人と私、4人で寮に閉じこもらなきゃいけなかった。でも、けっこう楽しく過ごせました。
1年生が『ほかの先輩はどんな感じですか? 』『なんて呼んだらいいんだろう? 』って緊張しているのを見て、私も去年はこんな感じだったかなぁと思ったり。1年生に気を使っていろいろしゃべる立場になるんだろうなとちょっと胸を張ってたんですけど、全然そんなことなくて。2日目くらいから一緒にカードゲームしてました(笑)」
小さい「やりたいこと」が、
ふつふつと出てきている
はじめて神山に来たとき「なんでみんな知り合いなの? 」と不思議がっていた井口さん。今では「車を見れば誰かわかる」ようになって、すっかりまちの一員になりました。たくさんの大人たちとの出会いを通して、次々にいろんなことにチャレンジしています。
この1年間で、一番印象に残っていることってなんですか?
「行事でいうと、はじめての田植え。1回につき5本くらいの苗を植えるんですけど、『これでだいたいお茶碗1杯分だよ』って教わりました。小さい頃から、母に『ごはん粒は残してはいけない』と言われてきたけど、ほんとにそうだと思いました。
こうやって、命をいただくということを通して、農業と暮らしはつながっているんだなって。小さいころから好きで、愛でる対象として見ていた鳥や動物も、命をいただく対象としてみるとまた違う興味が出てきて、今は酪農に興味があります。
中学生の頃は、『やりたいことがない』ことをネガティブに考えていたんです。私には何もないなって。でも今は、やりたいことがなくてよかったなと思う。
神山に来てから、小さくやりたいことがふつふつと出てきています。それはたぶん神山じゃないと出てこなかった。私が考えていた以上のことを、想像をはるかに超えて神山町でやりたいことをできている。
最近、寮のみんなと『大人になったらどうなるだろう? 』って話をよくします。『お酒弱そうだね』とか『また神山に集まりたいね』とか。ハウスマスターは『俺は卒業式行かねえからな!』って言ってるけど、卒業式はきっとみんな泣いちゃうだろうなと思います。
大好きだからこそ、卒業したら一回神山を離れるつもりです。絶対に、なつかしくて切なくなると思うんですけど、
一回別れて、離れて神山を見てみたい。ここに来て楽しかったからもっと飛び出したくなってきちゃって。酪農の勉強をするなら北海道に行ってみたいな。もっと世界を広げたい。こじ開けていきたいです」
◆
いぐっちゃんと話していると、「徳島ってどこだっけ? 」と言ってたのがわずか2年前とは信じられない気持ちになります。まちに暮らす人を通して、山や川、田んぼに飛び込むことを通して、いぐっちゃんはもうすっかり神山の一部になっているように見えます。
最後に「もし誰かに『神山ってどんなところ? 」と聞かれたら、今ならどんなふうに答える? 」と聞いてみました。
「カッコいい”田舎”。農業している人も、移住者の人もかっこいいし、グローバルだし。こんなにきらきらしている田舎ってない。でも、最後は『とにかく来てみて』と言いたくなっちゃう。感じることがすごく多くて、今はまだうまく言葉にできないけど、いつかは感じていることを言葉にしたいなと思っています」
わたしも、いぐっちゃんについて「感じることが多くて言葉にできない」という気持ちです。ただ、ひとつこれだけは言葉にしてみたいと思うのは、いぐっちゃんが神山で出会った大人たちの「きらきら」は、いぐっちゃんによって光を増しているんじゃないかということ。
「何もやりたいことがなかった」からこそ、いぐっちゃんは透明度の高い水みたいに、大人たちの「きらきら」をきれいに映し返したんじゃないかな。そして、その光を自分のなかにたくわえて、新しい世界を開いていくんじゃないかな。
いつか、大人になったいぐっちゃんから、新しい世界で感じたことを聞いてみたいなと思います。
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杉本恭子
すぎもと・きょうこ/ライター。大阪府出身、東京経由、
京都在住。お坊さん、職人さん、研究者など。 人の話をありのままに聴くことから、 そこにあるテーマを深めるインタビューに取り組む。 本連載は神山つなぐ公社にご相談をいただいてスタート。 神山でのパートナー、フォトグラファー・ 生津勝隆さんとの合い言葉は「行き当たりバッチリ」。
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