ある視点

「5年後、何をしているか分からないね」と、話しているときが楽しい。

ここ徳島県・神山町は、
多様な人がすまい・訪ねる、山あいの美しいまち。

この町に移り住んできた、
還ってきた女性たちの目に、
日々の仕事や暮らしを通じて映っているものは?

彼女たちが出会う、人・景色・言葉を辿りながら、
冒険と日常のはじまりを、かみやまの娘たちと一緒に。

写真・生津勝隆
文・杉本恭子
イラスト・山口洋佑

vol.40 「5年後、何をしているか分からないね」と、話しているときが楽しい。

荒木三紗子さん(「神山つなぐ公社」ひとづくり担当)

早いもので、荒木三紗子さんが神山に来てから1年半が経ちました。

荒木さんは、神山つなぐ公社のひとづくりチームの一員。神山町が運営する城西高校神山校の寮「あゆハウス」のハウスマスターを主に担っている人です。

この1年半で、神山には荒木さんの名前の「三紗子」の「三」をとって「さんちゃん」という呼び名が少しずつ浸透してきました。あゆハウスの寮生からも「さんちゃん」と親しまれ、頼られています。呼び名と共に、荒木さんの雰囲気もちょっと変わってきた感じがしています。仕事の話をするときの凛々しい感じは相変わらずですが、「えへへ」と笑っているときが増えたというか。

荒木さんから「さんちゃん」に呼び名が変わるなかで起きた、荒木さんとまち、寮生たちとの関係性の変化について聞かせていただきました。

 

2020年あゆハウスの春、
コロナから寮生を守るために

2020年春、あゆハウス1期生がはじめての終業式を迎えようとしていた頃、全国で新型コロナウイルスの感染が拡大しはじめました。あゆハウスは3月上旬に一旦寮を閉鎖。突然、一足早い春休みがはじまり、寮生たちは実家に戻りました。

4月に入ると政府は緊急事態宣言を発令。神山校は、入学式・始業式の直後から再び休校し、あゆハウスも閉寮することに。「寮を閉めるよりも、再開の判断がすごく大変だった」と、荒木さんは振り返ります。

インタビューは、荒木さんが友人たちと暮らすシェアハウスで行いました。

「城西高校神山校は県立高校。徳島県の教育委員会からは、感染者数の多い都市圏の県外生を考慮した対応について特に指示がなく、『学校と同時に寮を再開する』ことが見込まれていました。

そこで、あゆハウスは県外生を数名受け入れていることから、県の方針も尊重しつつ、神山町営の寮としてどうしていくか独自に検討していく必要がありました。『万が一、県外生が暮らす寮でクラスターが発生したらどうするのか』というリスクを巡って、高校や町役場、公社、ハウスマスターチームとそれぞれ話し合いを重ねて調整をしました。

緊急事態宣言が発令された当時、全国で県外ナンバーの車に石を投げたりする事件が相次いでいました。神山を選んで、『ここで暮らしたい』と来てくれた県外生の子たちが、偏見をもって見られたりしたらすごく悲しいだろうなと思って。考えられる対策はすべて実施していると説明できる状態をつくり、彼らを守りたいという気持ちがありました。

そこで、学校再開の時期は確定していませんでしたが、5月初旬に県外生には先に神山に入ってきてもらい、万が一のことに備えて2週間ほど地域の人と接触せずに、あゆハウスの中で暮らしてもらいました。保護者のみなさんも迅速に対応してくださったし、ハウスマスターもみんな協力的に動いてくれて。心配したようなことは何もなく、寮を再開することができました」

 

バラバラのみんなが、
同じ場を
共有できるのがいい

2020年度、あゆハウスは県外から新たに2人の新入生を迎えました。入学式に参加できない彼らのために、急遽オンライン中継での出席を準備。その後も、2週間に1度はハウスマスターと寮生をつなぐ「オンライン交流会」を開いていたそうです。

司会進行は寮生たち。毎回自分たちでテーマを決めて話し合っていたそう。そんな交流会ができた背景には、あゆハウスで行われてきた話し合いと場の共有の蓄積がありました。

閉寮期間中に開かれたオンライン交流会の様子。寮生とハウスマスターが参加しています(写真提供:神山つなぐ公社)

「あゆハウスでは、毎日晩ごはんの後に、今日あったこと、思ったことをみんなの前で話す時間をつくっていて。2年生は自分のことを話したり、人の話を聞いたりすることに慣れはじめていたので、1年生もその輪の中に入りやすい土壌ができてきていました。

神山校は小規模校だから、寮生たちは授業を受ける教室も、暮らしている寮も一緒。『今日のできごと』といっても、ほとんど同じなんですよ。だけど、印象に残っていることは寮生によって違うし、同じできごとに対する気持ちの動き方も違う。だからこそ、お互いを理解する時間になるのがすごくいいなと思います。

5月、高校再開後に開かれた新入生歓迎会。みんなうれしそう!(写真提供:神山つなぐ公社)

一緒にごはんを食べたり、話したり、地域の人に出会って触れ合ったり。五感を使って感じる場がたくさんあることが、あゆハウスの一番いいところです。でも、新型コロナウイルスの感染防止という観点では、人が集まる場が一番ダメだとされてしまっていて。暮らしの場を舞台としているあゆハウスでは、運営において多くの難しさ・もどかしさを抱えることとなってしまった。

運営者として、あゆハウスに暮らすメンバーとして、『いま、ここで何ができるんだろう?』ってすごく考えさせられました。それと同時に、あゆハウスで生まれていた関係性や場の大切さを改めて感じました。

この前、『共用部(注:あゆハウスのリビング)に集まって、全員がバラバラのことをしているのがあゆハウスらしいね』って話していたんです。ギターを弾く人、ベースを弾く人、夕食当番で料理する人、勉強している人、スマホをいじる人、テレビを見る人……やっていることではなく、その場を共有している感じがいいね、好きだねってみんな言っていて。

こういう場の共有はオンラインだと難しい。見ていなくても感じている温かさがあるリアルの場がやっぱりいいなと思う。だから、寮生が帰ってきてくれたときはすごくうれしかったです」

 

自分で開拓したことを、
しっかり深めていきたい

寮生だけでなく、今年は荒木さんにとって神山での暮らし、あゆハウスのハウスマスターとして2年目になります。寮の運用はしっかりやりつつ、今年は神山校への地域留学の広報にも力を入れようと考えているそうです。去年を振り返りつつ、現時点での仕事との向き合い方を話してくれました。

「ひとづくりチームはそれぞれ個性があって、得意分野や物事の進め方が違うように思います。その中でも私は、自分で開拓したところを手放さずに深めたいタイプだと思います。

1年目からとにかく『やってみたいことをやってみる』という感じで、集まったメンバーで何ができるか考えようとしていました。寮生がバスケットボールをやりたいと言えば『どうやったらできるだろう?』と一緒に考えるし、川遊びとバーベキューをしたいと言えば、『何から準備したらいい?』と話すところからはじめて。

あゆハウスのみんなで川遊び。寮生もハウスマスターも一緒になって遊びました(写真提供:神山つなぐ公社)

やっぱり、『やりたい』ってはじめたことのほうが何倍も楽しいと思うんです。

だから、あゆハウスでは、寮生の要望や状況に合わせてやることを決めるので、あえて年間スケジュールは決めていません。ただ、なんとなくの見通しはつくようになりました。去年も6月はあゆハウス全体的に疲れがたまりやすかったなとか思うことで、いろんな予期せぬことも受け止められるようになったというか。

去年は、私自身が知らない場所に来たばかりで、いろんな責任もあるなかで『やっていけるのかな』と常に気を張っていたのかもしれない。不安を感じていたわけではなかったんですけどね。

ほんとにありがたいなぁと思うのは、家に帰ってきたら話を聞いてくれるシェアメイトがいることですね。おかげで、私自身もいい感じに脱力しているのかな?

一方で、寮生との関わりでは細かいところが見えてきた分、『よりよくするにはどうしたらいいか』を考えるフェーズになってきて。あゆハウスで寮生と過ごしているときだけでなく、帰ってから日誌を書いているときに、『あのできごとに対して自分はどういうあり方でいたらよかったのかな』『あのとき寮生はどう思っていたんだろう?』と考えたり。2年目で余裕が出てきたからこそ、悩むことがすごく多くなったなと思います。

そう思うと、今まで人との関係についてこんなに向き合ったことってなかったかも。自分自身は、高校生のときは家族や自分と同じような環境で育った同級生とばかり時間を過ごしていたし、大人になってからは濃い人間関係を築くことも減っていたように思います。だから、今みんなと一緒に、ハウスマスターとして人との関わり方について悩んで、対話して、また考えて……って感じですね。なんかほんとに今、自分自身は人生経験しているな!と思います」

 

ハウスマスターは”寮母”ではなく、
一緒に暮らしをつくる人だと思う

あゆハウスでは、食事づくり、買い物、洗濯や掃除など、身の回りのことは寮生同士で話し合いながら自分たちで行っています。ハウスマスターの仕事は、こうした寮生たちの自立した生活を支え、地域の大人たちとのつながりをつくり、一緒に暮らしをつくっていくことです。

……というのが大きな説明になるのですが。1年間を過ごした今、荒木さんが考えるハウスマスターってどんな仕事だと思っていますか?

「うわぁ、むずかしい!なんだろう? あいかわらず、役場や町の人たちに『寮母さん』って言われるんですよ。メディアの人たちにも『寮生と関わるときにはお母さんみたいな気持ちになるんですか?』と聞かれるけれど、そのたびに『お母さんじゃないです!』って言っています。

もしかしたら、自分に子どもが生まれたら見方も変わるかもしれないけど……。私は末っ子キャラだから『お姉さん』って感覚も分からないし、社会に出てまだ数年で、何か伝えられるほどのことをしていないし。どちらかというと友だちみたいな感じかなぁ。

他の高校の寮のハウスマスターが視察に来られたとき、『あゆハウスは寮というよりは、いろんな大人が関わる場に高校生がいる感じですね』と言われて、なるほどなあと思いました。あゆハウスでは、私以外に年代も経歴も出身もさまざまな地域の大人4名に、ハウスマスターとして関わってもらっています。それぞれ個性的な人たちで性格や考え方も違うのですが、日々寮生と対等に関わり合い、暮らしを伴走しています。

つまり、ハウスマスターは寮生と一緒に暮らしをつくっている人。「一緒に」という部分が大切で、日々真剣に意見をぶつけ合うこともあるし、くだらないことで笑い合うこともある。フラットで寮生に一番近い存在だと思っています。

9月、長期化する新型コロナウイルス対策について、寮生とハウスマスターで「あゆハウスの暮らしとコロナ」について数日に渡って話し合いの場を持ちました。(写真提供:神山つなぐ公社)

あゆハウス1期生が卒業するタイミングがあゆハウスの一つの節目だと思うので、それまでは現場であゆハウスの土台をしっかりとつくっていきたいと思っています。一方で、徐々にあゆハウス以外のことにも取り組んで、自分の視野や経験を増やしていきたいという気持ちも大きくなってきています。

私は、オフィスでパソコンをぱちぱちしているより、体を使って遊んだり学んだりしているほうがいいタイプ。神山に来て一番楽しかった日は、寮生たちと田植えをした後に田んぼに飛び込んで泥んこ遊びをしたときなんですよ。そういう自然の中での経験を神山の子どもたちと一緒にできたらいいなと思ったりしています」

神山の人たちは
“決めすぎていない”のがいい

神山つなぐ公社のメンバーは、入職するときに「できれば3年間は一緒に働きましょう」というゆるい約束をしています。荒木さんは、3年後についてどんなふうに意識しているんですか?

「私、本当に何も考えずに神山に来たなと思います。ほんとにワクワクしたから来たというか。仕事があったから来たけれど、それよりも神山で暮らしたいという気持ちのほうが大きかったんですよね。

今は、ハウスマスターのその先が全然分からなくて。

でも、ポジティブに今を楽しんでいる感じですね。ふとした瞬間に浮かぶ『あれ?私は5年後どうしているのかなあ?』って問いを飲み込みながらやっている。答えは出なくて『分かんないねえ』で終わる。それが楽しいのかもしれないですね。

神山の人たちって決めすぎていないのがいいなあと思っています。自分の価値観を押し付けたりもしないし。私はすごいマイペースなので、この雰囲気が合っていて心地いいですね。

あゆハウスについては、長い期間をかけて見ていく現場なので、この1年間『自分たちは何を大切にしたいのか』をずっと議論して、やっとみんながけっこう同じ方向を見れるようになってきたと思います。その部分をちゃんと共有できる人にバトンを渡したいなと思っています。

3年という区切りが来た時、続ける判断をするかもしれないし、関わり方を変えるかもしれないし、退職して新しいことをするかもしれない。マイペースに自分なりのタイミングで考えて決めていきたいです。今年の6月に、赤尾(苑香)さんが公社を卒業されたのですが、関わりは残っているしすごく素敵な別れ方だったなぁと思いました。

送別会も赤尾さんの人柄がにじんでいて、すごくあったかくて。私もこんな風にやり切ったと思える仕事をしたいなと思います」

荒木さんが暮らすシェアハウスに、つばめが巣をかけていました。

荒木さんがあゆハウスの寮生たちと一緒につくっているのは、神山というまちの寮文化なのかなと思いました。その文化は、はじまりのときに大切に思っていたものを基盤としながら、これからやってくる寮生やハウスマスターたちへと受け継がれるなかで吟味され、一人ひとりの思いを重ねながら育っていくのだろうと思います。

そして、人生って「今このとき」には全然分からなくて、振り返ったときに見えてくるようなものでもあって。むしろ「全然分からない!」と思うときの方が、豊かだったりするような気もするのです。これからどうなるかなんて考えるヒマもないくらいに、今が満ちているというか。

荒木さんの人生のなかの通過点としてのあゆハウス、そしてあゆハウスに刻まれていく荒木さんの人生。一瞬一瞬が、みっちりと詰まっているのだなあと思いながら聞いていました。5年後に荒木さんに会ったら、「あのとき、さんちゃんあんなこと言ってたね」と笑い合うんだろうな、と思いながら。

 



荒木さんのこれまで

▼第一回目(2020.01.31)
「働く」と「暮らす」がだんだん混ざりあってくる。
 

 

 

 

かみやまの娘たち
杉本恭子

すぎもと・きょうこ/ライター。大阪府出身、東京経由、京都在住。お坊さん、職人さん、研究者など。人の話をありのままに聴くことから、そこにあるテーマを深めるインタビューに取り組む。本連載は神山つなぐ公社にご相談をいただいてスタート。神山でのパートナー、フォトグラファー・生津勝隆さんとの合い言葉は「行き当たりバッチリ」。

(更新日:2020.10.20)

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