ある視点

神山に合うやり方で、ぬくもりのある情報を “共有”したい。

ここ徳島県・神山町は、
多様な人がすまい・訪ねる、山あいの美しいまち。

この町に移り住んできた、
還ってきた女性たちの目に、
日々の仕事や暮らしを通じて映っているものは?

彼女たちが出会う、人・景色・言葉を辿りながら、
冒険と日常のはじまりを、かみやまの娘たちと一緒に。

写真・生津勝隆
文・杉本恭子
イラスト・山口洋佑

vol.02 神山に合うやり方で、ぬくもりのある情報を “共有”したい。

友川綾子さん(「神山つなぐ公社」つたえる担当)

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「神山つなぐ公社(以下、つなぐ公社)」の友川綾子さんの仕事は「つたえる担当」。友川さんは「つたえる担当」を、英語では「Public Relations Creator」と表現しています。

友川さん 「“つたえる主体”は私を含めた神山の人たち。まちを将来世代につなぐために必要な情報が伝わる状況を整えていくことが、私の仕事です」

実は、この連載のテーマ「国が掲げた地方創生が、地方自治体ではなく個人の人生にどんな影響を与えているか」は、西村佳哲さんと友川さんの会話から生まれたものでした。

友川さん 「国が大鉈を振るって『若者は地方へ行け』と言っているけれど、そこにいる個人がどういう選択をしていくのか、その姿が見えないと、他の人が安易に流れに乗っかってしまう気がするんですよね。それぞれ、自分の人生があって、たまたま地方創生の流れに合流しているわけで」

国の課題も理解している一方で、「地方創生」を担うのは他でもない「地方に移住する一人ひとり」のはずではないのか——友川さんが抱いた違和感をヒントに、「かみやまの娘たち」では、つなぐ公社で働く4人の女性たちに継続的なインタビューを試みることになったのです。

さて今回は、友川さんがつなぐ公社の仕事に就くまでのこと、そして“移住者”として感じていることを中心にお話を伺いました。

友川さんと一緒に、「岩丸家」に行く

「話しやすい場所に連れていってください」とお願いしたら、友川さんは「神山塾」塾生の下宿先にもなっている「岩丸家」に案内してくれました。「NPO法人グリーンバレー」理事で、上角商店街の呉服屋「岩丸百貨店」を営む岩丸潔さんのご自宅です。

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岩丸潔さんといっしょに。岩丸家の壁には神山塾の卒業生たちからのメッセージなどがたくさん貼られていました。

 

友川さんは、岩丸さんと初めて話したとき、「すごく話しやすい人だなぁ」と思ったそう。

友川さん 「現代アートを専門にしていると、特に中高年の男性とはまったく話が合わなくて。でも、本当はそこが自分にとってはコアだから、話せないと仲良くなれない感じがあるんです。グリーンバレー理事のみなさんとは、アートの話がすっとできる。むしろ、『おうおう、アート好きか!』みたいな」

 

岩丸さん 「『ほうね、がんばりよ!』という意識やな。アートに限らず、すべてにおいて、案外、土地柄ちゅうんかなぁ。相手を認めるっちゅうんかな。社会的地位の高い人が来たって、一若者が来たって、持ち上げたりはしないわ。誰が来ても、同じレベルの接し方をするもんなぁ」

 

岩丸さんと話していると、「ちゃんと聞いてくれている」というすごく確かな手応えがあります。「自分にとって、この人は受けとめてくれると信じられる人が、人生に一人でもいたら幸せじゃないですか」と友川さん。「岩丸さんを慕って、神山に引っ越した人が何人もいるというのもわかる気がします。

友川さんは、なぜつなぐ公社に?

東京に住み、フリーランスとしてアート関係のライティングなどの仕事をしていた友川さんが、2016年2月に開かれた「神山はいま、3 DAYS ミーティング(以下、3DAYS)」に参加したのは「人生のフェーズを変えなければいけない」という意識があったからでした。

友川さん 「アート業界では、既存のファン“以外”の人たちにおもしろさを伝えて理解してもらおうとなると、とたんにハードルが上がるというか。私は書き手として。評論タイプというよりは、どちらかというとすそ野を広げていく役割があると思っていて。何をどう工夫すれば、理解の段差を超えてシームレスに伝わる感じになるのかを模索するなかで、ちょっと行き詰まりを感じていました」

何かこう、自分の目線を変ることが必要なんだろうなと考えているときに、ぽっと「3DAYS」の話がきて、おもしろそうだなあという感じがあって。来てみたら、なんか楽しそうだったから(笑)。3年という期間も、ちょうどいい感じがあって。

すかさず、岩丸さんが「条件がどうこうとか、深く考える人は神山に来ないわ。ノリがええんや。それがすばらしいんやん!」と合いの手を入れます。

友川さん 「東京で仕事をしていたときは、周りは仕事ができる人ばかりで、私ができないことはみんなが助けてくれるし、とにかく仕事が楽しかった。恵まれていたと思うんです。見ている方向性や意識のレベルもかなり近い人たちと、小さなコアの中だけで暮らしていて。非常にらくちんだったんだけど、そこでの成長はもうなかったんだろうなと、こっちに来てから思いました」

「もっと育ちたい」なら「小さなコア」の外に出るしかない。それは、海外でも良かったのかもしれないけれど、友川さんはなぜか「神山に来てしまった」。本州から海をひとつ越えるという意味で、岩丸さんが「海外」と呼ぶ場所に。

初めて経験する
“サービス化されていない暮らし”

東京で思いきりアーバンな暮らしをしていた友川さんが、山深い神山に引っ越したわけです。もちろん、引っ越したその日から、非常に大きな環境変化を経験しました。

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友川さん 「神山では、暮らしのなかのことがほとんどサービス化されていない状態なんですよ。都会では、お店の電話番号とお金があれば、だいたいの暮らしの問題は解消できます。でもここでは、グーグル先生ですら、欲しいサービスを提供してくれる身近なお店の場所を教えてくれない状態で(笑)。相談できる人とのつながりがなかったら暮らしていけない。お金を払ってサービスとしてやってもらうというよりも、“○○さんに助けてもらった”という感じになるというか」

とはいえ、「外から人が来る」ことに慣れている神山のこと。移住してくる人にも、まちに滞在している旅行者にもスッと手が差し伸べられます。岩丸さんも、「不思議と誰かがお世話するなあ」と言います。

岩丸さん 「ビックリするほど、みんな人に対してお世話するなあ。今までそんなこと想像もしてなかったけど。何のプランもなくパッと来ても、『どうしようかなあ』言いよるうちに、『あっち行ってみよ』『こっち行ってみよ』とぱーっと広がっていって。『今晩、うちへ来いよ』『明日はどこか連れていってあげる』とか、そういう繋がりちゅうのはすごいなあ」

友川さんは、日々の驚きを公社の神山出身メンバーや役場の方々に聞いてもらったり、近所の方々に気にかけてもらいながら、少しずつ生活を整えているところ。他の移住者たちは「会うたびに口々にムカデの脅威について語ってくれた」そう。みなさん、よほど恐ろしい思いをしたにちがいありません……!

暮らしとともに、「休日の過ごし方」も大きく変わりました。

友川さん 「休日といえば美術館に行っていたから、こっちにきて身近に『美術館がない!』というのは一番ショックだったことかな。図書館もない、青山ブックセンターも遠い(笑)。東京にいるときは、東京の生活がすべてだったから、文化的なコンテンツにしかほとんど関心がない自分の生活を客観視できていなかったなと思いますね」

でも、「休みの日にやることがない!」と思ったのは最初だけ。今ではすっかり地域のお祭りやイベントに参加したり、市内や県外にある一度は行ってみたかった美術館を訪れたりと忙しく過ごしているそうです。

神山で「つたえる」を
担当すること

岩丸さんは、神山を「集約的に人が集まる日本の縮図」だと言います。年齢や職業の幅も広く、キャリアや出身地もさまざま。海外経験が長い人も少なくありません。

岩丸さん 「人生体験豊かな人がかなり集約されて、日本を非常にコンパクトにしたような。そういう人がなんとなく暮らして生きているちゅうかな。常に動いて人と接したら、いろんな人とぶつかるわけやな」

世界中を旅してから神山に移住した若者と、神山から動かず生きてきたおばあちゃんでは、同じ言葉を伝えても受け取り方は異なります。同じまちに暮らしていても、まちの見え方も全く違っているはずです。だからこそ、友川さんは、まちの内側に向けてのコミュニケーションの取り方、とりわけネットを見ない世代へのアプローチを慎重に考えています。

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友川さん 「そもそも“情報発信”という言葉自体がマスメディアの発想で。ここは人口6,000人未満のまちだからメディアの単位は“マス”じゃない。ここでは、“会いに行って話す”みたいなことが実は一番強力。時間がかかるようで意外と早かったりするのかなと思っていて。自分たちの生活に近い“情報共有”のやり方を、今までがこうとか、一般的にはこうというのを超えて、もう一度捉えなおした方がいいのかなと思います」

今の時代、「PR・広報」の分野ではSNS戦略が必須とされています。しかし、友川さんは、つなぐ公社のFacebookページが検討されたときも、「顔が見えない状態で、薄い、浅い情報しか流れない公式アカウントはいらない」と判断。その背景には、つなぐ公社はあくまでも「つなぎ役」であり「情報を集約して発信する立ち位置ではない」という考えがありました。

友川さん 「一つひとつのメディアのゼロ地点に戻って『じゃあ、自分たちはどういう使い方ができるのか』を考える。非常に単純かつ高度なこと考えていく必要性を感じています」

会う、電話、紙、Web、メール、SNS、より広い視野を持てば、場や施設もまたメディア機能を持っています。一つひとつを検討して、神山というまちに合うやり方を探すのはとても骨が折れることです。でも、もしも本当に伝えたいことがあって、本当に伝えたい相手がいるとき、誰もがその方法を悩むものではないでしょうか。

一人ひとりのメディアとして
強度を高めていく

つなぐ公社では、神山町の創生戦略「まちを将来世代につなぐプロジェクト(以下、つなプロ)」の進行状況の記録・報告も行っています。「つなぷろ」の概略をまとめたタブロイド版フリーペーパー「つなぷろPAPER」の制作や、記録映像を依頼した川口映像事務所のサポートも、友川さんの仕事のうち。グリーンバレーのWebサイト「イン神山」をつなぐ公社と共同で運営することになってからは、掲載コンテンツの制作も自ら手がけています。

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タブロイド版、4ページの「つなぷろPAPER」。神山町の創生戦略がわかりやすくまとめられています。

町役場の総務課とつなぐ公社が共に企画した「町民・町内バスツアー」も担当。神山町民を対象として、「サテライト・オフィス・コンプレックス」など、ここ数年にできた町内の新しい施設をぐるりと見学し、「WEEK 神山」で食事を楽しむという半日のバスツアーです。

友川さん 「新聞や雑誌に“神山はスゴい”と取り上げられていても、新しい施設や飲食店があるエリアから、ちょっと離れたところで暮らす人の日常は何も変わらなくて。むしろ、自分のまちが知らないうちに変わっていくことに違和感を持つ人もいるようです。それなら、気のおけないご近所のみなさんで、半日ぐらいかけて町内を見てもらおうというものです」

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2年前に神山町にオープンした、オーダーメイド靴屋「LICHT LICHT(リヒト リヒト)」で、店主の金澤光記さんに革靴製作の工程を聞く参加者のみなさん(写真提供:神山つなぐ公社)。

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神山の杉材を用いて、木目を活かした器やお椀などを制作・販売している「しずく ギャラリー&ショップ」も訪問。参加者の方が手に持っているコップも製品のひとつです(写真提供:神山つなぐ公社)。

「町民・町内バスツアー」のねらいは、「自分たちのまちの可能性を信じる」気持ちをじんわりと作っていくこと。新しい仕事が生まれている現場を案内し、「神山には仕事がない」と思っている人たちに、新しく生まれている仕事や営みを実際に見て感じてもらい、まちの将来をポジティブに捉えなおしてもらうことを期待しています。

ツアー参加者の募集では、友川さんはあえてダイレクトなコミュニケーションを選びました。

友川さん 「一緒にツアーを担当している役場総務課の馬場さんのアイディアで、その地域に暮らしている町役場の人にお願いして『ご近所の人を誘って来て下さい』とチラシを渡してもらいました。映像、言葉、写真とか、つたえる方法はいろいろあるけれど、それぞれにはそれぞれの手法の良さがあり、得意なこと、苦手なことがあって、一つの手法で全ての“つたわる”が叶うかというとそうではない。それに、人間って一度に全てを理解できるわけもなく、少しずつ段階を追って理解していくものでもありますし」

そもそも、「メディア(media)」とは「medium」の複数形であり、「媒介するもの」という意味を持つ言葉。人と人の間を「媒介する力」が一番強いのは、おそらく対面で出会う「人」です。

友川さん 「この規模のまちでは、やっぱり、一人ひとりがメディアなんだと思うんですよ。つなぐ公社のメンバーも、役場の人も、岩丸さんをはじめとしたグリーンバレーのみなさんも。みんな自分が伝える役割を担っているんだという意識を持つことが重要だと思います。ライターや編集者のような“専門家”が来たら、魔法のようにバンバン発信してくれるというのは大いなる誤解だし、ひとりで“伝える”をやろうとするとすぐに限界が来てしまいます。まずは当事者が価値として感じることを語り出せる状態になり、またその必要も認識してもらわなければ、と」

自分の言いたいことを伝わるかたちにするのが苦手な人がいたらサポートして、その人のメディアとしての強度を高めていくことも、やりたいことかなあという感じはあります。伝えることは、その人自身の表現だから、その人の良さを見てもらえる機会も増えるだろうし。

「つたえるって難しいなあ。まだ、なーんもできていないなあ」と言う友川さんに、岩丸さんが声をかけました。

岩丸さん 「“つなぐ”でええんよ。未来にな、つなげる。方向性がしっかりしたもんを作ってくれよるから、ほんでいいと思うんよ。ちょっとずつ、ちょっとずつな。お互いに心が通じ合わんかったらことが運ばんやん。毎日毎日、きげんよう過ごした方がええやん。だって、綾ちゃんが悩んでしたら、かわいそうなもんでのう」

岩丸さんのように「ちょっとずつでええんよ」と見守ってくれるまちの人がいるから、友川さんは思い切って、自分が信じる「つたえる」仕事に取り組めるのかもしれません。この神山で、友川さんの「つたえる」はどうなっていくのでしょう?

かみやまの娘たち
杉本恭子

すぎもと・きょうこ/ライター。大阪府出身、東京経由、京都在住。お坊さん、職人さん、研究者など。人の話をありのままに聴くことから、そこにあるテーマを深めるインタビューに取り組む。本連載は神山つなぐ公社にご相談をいただいてスタート。神山でのパートナー、フォトグラファー・生津勝隆さんとの合い言葉は「行き当たりバッチリ」。

(更新日:2016.11.30)

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