ある視点
vol.18 神山の人と技をミックスする場所をつくりたい。
あべさやかさんの名前は、神山で出会ういろんな人から聞いていました。
ふつう、共通の知人でもなければ「〜をしているあべさやかさんという人がいて」と説明を挟みますよね? でも、「さやかさん」の名前は「もちろん知ってるよねー」という感じで手渡されるので、私もつい「はい!」という感じで受け取り続けていたのです。
どこで何をしてきた人なのかは詳しく知らないけれど、みんなが「さやかさん」と口にするときににじむ慕わしさから、この町でどんな風に思われている人なのかはわかる。今回のインタビューは、あらかじめ得られていたイメージに輪郭をつくっていくような時間になりました。
ざわざわした感じに惹かれて
オランダの美術大学へ
あべさんは三重県出身。多摩美術大学工芸学科(陶プログラム)を卒業後、2004年にオランダのヘリット・リートフェルト・アカデミー(Gerrit Rietveld Academie/以下、リートフェルト)という美術大学に留学しました。
さらに、文化庁新進芸術家海外研修員として、サンドベルグ大学院(Sandberg Instituut)にて応用美術修士を取得した後は、オランダを拠点にアーティストとして活動をしていたそうです。
まずは、オランダに渡った2004年に時計の針を合わせて、お話を聞いてみましょう。
「昔、舞踏をやっていたときに、ヨーロッパで踊ったことがあるんです。白塗りの不思議な舞踏でも『ああ、そういうものなんだ』とすんなり受け入れてくれる、人と文化の関係がすごく面白くて。ヨーロッパをもっと知りたいという気持ちが根底にあって、ヨーロッパの学校に行きたいと思いました。
北欧系のデザインに憧れていたので、スウェーデンやフィンランドの学校を見学して、オランダにも立ち寄ったんですね。リートフェルトに通っていた知り合いがいたので、大学を案内してもらって。先生に「学校に興味があります」と話したら、「授業を受けてから決めたらいいよ」って言ってくれたんです。
『なんて、この学校はフラットなんだろう』って思ったんですよね。『やりたいならやってみたらいいじゃん』というスタンスがすごく面白かったし。授業を受けて『あ、ここでやってみたいな』と思ったので、リートフェルトに行くと決めてきちゃった。
私は、気持ちいい場所よりも、ちょっとざわざわする場所の方が気になるんです、性格的に。
理解不可能な、ざわざわする場所にちょっと気が向いてしまうというか。スウェーデンやフィンランドはすごくすてきな国だけど、勉強するのであればちょっとざわざわしたところがいいと思ったんですよね」。
オランダは、制作のプロセスを
とても大事にする
多摩美時代は、「大きな窯で大きな作品をつくっていた」というあべさん。その反動もあり、オランダの美術学校では「とにかく小さいもの」を制作するようになりました。小さな陶の作品に、陶以外の素材を組み合わせるうちに、お隣のジュエリー科に惹かれて2年目に転科します。
「ジュエリーは身につけているその人にすごく近い存在。リートフェルトでは、それを通して何を提示するのか、何が大事(precious)なテーマなのかを考えることを大事にしていました。
とにかく問われつづけたのは 『クリアか、クリアじゃないか』。
言っていることが正しいかどうかよりも、『これは、私のやりたいことに合っているんだ』と言い切れるかどうかをすごく問われるんです。自分のテーマがクリアだと、思い通りにならなかったときも、また原点に戻って方向転換を考えられます。間違いもひとつのプロセスで、『間違いだったとわかる』という新しいステップは踏んだと捉えられます。
オランダでは、制作のプロセスをすごく大事にするんですね。たとえ、最終的な目的に到達できなくても、そこに向かってやってきたことはその人のなかにも残るし、仕事としても残るから「何もできなかった」ということにはならない。
リートフェルトを卒業するとき、私は「運ぶ」をテーマに布に等身大の人をドローイングで描き、それぞれの人が携えているプライベートな空間、その人らしさが詰まっているポケット空間を3Dで表現した「Pocket world 2009」を制作しました。ジュエリーとは何かという問いに対する、ひとつの私の答えを視覚で表現したというかたちですね」。
世界のあちこちに行ったけれど、
なぜか神山に惹かれた
リートフェルトを卒業後、あべさんはサンドベルグ大学院で「応用美術(Applied Art)」を学びます。応用美術とは、美術を生活に応用すること(たとえば、日用品やメディアなども含まれる)を考える分野。あべさんは人の話を聞いて、ドローイングやインスタレーションでその人のポートレートの制作をしていたそうです。
アーティストとしてオランダと日本を中心にいろんな国で、作品制作と発表、ワークショップなどを行うなかで、2013年度「神山アーティスト・イン・レジデンス(KAIR)」招聘作家として来町。このときに生まれた神山の人たちとのご縁が、あべさんとパートナーのスウィーニー・マヌスさんを神山に呼びよせたようです。
「ヨーロッパでは、アーティストの役割は作品を制作してギャラリーや美術館に展示するだけでありません。地域課題や人権問題の本質を捉えて視覚的に表現して、社会にわかりやすく伝えることもアーティストの役割。教育や医療、都市計画など、いろんな分野の人たちと恊働して、アートの立場から新しい視点やヒントを提供することも求められます。
私もまた、大学院を終えた後は、作品制作を続けながらアーティストとして、あちこちの国で教えたり、アートプロジェクトをオーガナイズしたりしていました。マヌスもまた、世界中でドキュメンタリー映像を撮影・編集する仕事をしていたので、ふたりでスーツケース2つを持って、ヨーロッパと日本、アジアやアフリカの国々を行ったり来たりする数年間を送りました。
2013年にはKAIRに招聘していただいて神山で3ヶ月間制作。マヌスも一緒に滞在して神山の特産品・梅干しを食べている瞬間の表情を撮影した「うめぼしポートレート2013」、神山に伝わる民謡や民話の聞き取りから制作した空間アニメーション「やまやま・くるくる」を一緒に制作・発表しました。
ふたりとも旅が好きだし、いろんな国に行くのが好き。でも、私は日本人だし、マヌスはアイルランド人です。オランダではふたりともが移民でしたからある意味浮遊した存在でした。それも心地は良かったのですが、『私たちが生きたいのは、オランダ以外のどこなんだろう?』みたいな気持ちがずっとあったんですね。
そんななかで、なぜか神山に惹かれて、KAIRの後もちょいちょい神山に来ていたんです。神山にはいろんなことに興味を持つ人たちがいて、その興味のリングが少しずつ重なり合っていろんなことが起きるから飽きなくて。
『こんなに神山に行ったり来たりするなら、神山に拠点を変えてもいいのかな』と思いはじめると、この美術館もギャラリーもない町での自分のポジションってなんだろう?と考えたんですね。
神山にはお店やサービスが揃っていないけれど、なんでも自分でつくっちゃおうというDIY精神にあふれた人がたくさんいて、みんなすごく器用です。もし、ここにFablab(3Dプリンタ等の工作機械を備えた市民工房)みたいな場所があれば面白いだろうな、と思いました」。
神山に“ものづくりの灯台”をつくりたい
2015年秋、「Fablabみたいな場所をつくりたい」と思っていたあべさんのところに、「神山町で3Dプリンタやレーザーカッターを購入できる予算がとれるかも」という朗報が入ります。
あべさんは「Kamiyamaメイカースペース(KMS)」を立ち上げるために、ドイツのFablabで3ヶ月間修業。アレックス・シャウブさんに師事し、3Dプリンタやレーザーカッターなどの機械の使い方や場の運営について学びました。
そして、2016年2月。2016年春、「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」内にオープンする「Kamiyamaメイカースペース(KMS)」の代表として、神山に移り住んできました。もちろん、マヌスさんも一緒に。
「神山には、デジタルからアナログまで、いろんなものづくりの技を持っている人たちがいます。でも、それぞれに広い場所を持っているから作業場所を共有する必要もないし、接点がないんですね。それはつまらないなあ、惜しいなあと思っていました。
また、コンピュータでのものづくりが得意な人と、製材や木工など手でものづくりをする人がミックスできる場所があれば面白いだろうと思っていたんです。
もし、神山にFablabみたいなスペースがあれば、ものづくりの灯台になるんじゃないか。ちょっと立ち寄って話すうちに、いろんなものづくりが連鎖していく場所になればいいなというのがひとつですね。
KMSを開くとき、私の恩師であるアレックスと、アレックスのところで6ヶ月間インターンをしていた『FabLab SENDAI-FLAT』の大網拓真くんを呼んで、1週間の『マスタークラス』を開きました。
プログラマーの本橋大輔さん、カーモデラーでポリゴンデザイナーの寺田天志さん、『こんまい屋』の小田奈生子さん、Webデザイナーの千代田裕樹さん、など。このとき参加してくれた10人は、その後KMSのコアメンバーになってくれました。
KMSは、メンバーで仕事を分担するフラットなスタイルで運営しています。小学生向けに本橋さんはドローンの使い方、寺田さんは3Dプリンターでフリスビーをつくる授業を、山下実則くんは『放課後電子工作クラブ』。私も、城西高校神山分校の女子生徒有志による『森林女子部』にレーザーカッターを使って、杉や檜の廃材でキーホルダーなどの商品をつくる授業をしています。
オープンから2年、小学生も高校生も来るし、ものづくりしたい人も来るようになって、みんなのなかに『KMSってこういうところかな?』という認識もできてきました。基本は面白いことをやると徹底して、無理はしないこと。無理しすぎて閉めてしまうメイカースペースはいっぱいあるので、無理せず継続することも大事なテーマなんです。
いなかにいると、やっぱり入って来る情報が偏ってしまいがちだけれど、ここにいたら新しいアプリとか、ものづくりの情報がポンポン入ってくる。私にとっては、新しい情報が得られるとても大事な場所になっています」。
オープンであるためにも
非日常な部分をキープする
KMSでの活動に加えて、あべさんはマヌスさんと一緒に発起人となり、神山町でビールを醸造するブルワリーをつくる「KAMIYAMA BEER PROJECT」を開始。2018年夏の本格オープンを目指して着々と準備を進めています。
KMSの運営、ブルワリーづくりに取り組むなかで、あべさんはアーティストとしての自分をどんな風にケアしているのでしょうか?
「ブルワリーは、マヌスが言い出しっぺです。神山にいると、いろんな野菜とか食べ物をもらうんですね。でも、マヌスは『僕にはあげるものがないからビールをあげたい』と言っていて。神山にはおいしい食べ物がたくさんあるから、おいしいビールがあればもっといいですよね。
私は、おいしいビールも大事だけど、いろんな人が集まれるちょっと非日常な場所にしたい。地元の人も町外の人もお酒を飲んで楽しく話しながらミックスする場所にしたいんですね。
このブルワリーのプロジェクトは、KAIRのときからの人の関係で成り立っています。誰一人欠けてもこのかたちにはできなかったと思う。地元の、神山の人たちの協力と、私たちのバックグラウンドがあって、多種多様な人たちが集まる場所としていいスタートが切れたんじゃないかな。
今は、ブルワリーの比率がすごく高いので、右脳へのシフトも必要だなと思って、ラベルのデザインなどはアトリエでしています。
やっぱり、絵を描いたりするときは右脳をつかっているんですね。KMSで教えたり、ブルワリーのために会社を建てたり、オーガナイズする仕事をしているとプラクティカルに考えちゃうので。最近は、まったく日常ではないところからモノを引っ張り出してくる時間とアウトプットも大事にしていきたいとすごく思うところです。
美術館やギャラリーのような非日常的な部分は、どこにいても生きて行くうえで必要。オープンであるためにも、非日常な部分もキープしておかないといけないんだなと感じているので、制作やロングスパンでの聞き取りのリサーチは意識して続けていきたいと思っています。
なんて言ったらいいんでしょうね?
すぐに具体的にモノにならない、遊びの部分ってすごい大事にしないといけないんだなと思っていて。そうしないと、新しいものをつくっていくときにアイデアが摩耗して、ただの繰り返しになっちゃうんですよね。それが日常化して、ルーティンになって問題が見えて来なくなるとすごく危険だなあと思っていて。
やっぱり、遊び心みたいなゆる〜い部分、すき間の部分はちゃんととっておかないと、面白かったものもどんどん面白くなくなって『なんだろう?これ?』ってなっちゃう。素材で遊ぶとか、考えることを絵に置き換えるとかは神山にいても必要だし、たまに外に出て行って神山を見ることも繰り返していたいなと思っています」。
「神山プロジェクトという可能性(NPO法人グリーンバレー、信時正人共著、廣済堂出版)のなかで、あべさんはアーティストについて「人生を楽しみ、人生をそこに突っ込みながら、ものごとに新しい価値を生み出していく」と話していました。
KAIRを20年続けてきた神山町には、アーティストが生み出してきた「新しい価値」がたくさんあります。KMSとブルワリーも、あべさんが学んでこられた「応用美術」のひとつのかたちとして見ることもできそうです。
それはそれとして。
この夏から、神山ではおいしいビールを飲めるんです!
山も川も楽しい夏の神山で、おいしい食べ物とビールを、多種多様な人がミックスする空間で楽しんでください。あべさんも、待っています。
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杉本恭子
すぎもと・きょうこ/ライター。大阪府出身、東京経由、
京都在住。お坊さん、職人さん、研究者など。 人の話をありのままに聴くことから、 そこにあるテーマを深めるインタビューに取り組む。 本連載は神山つなぐ公社にご相談をいただいてスタート。 神山でのパートナー、フォトグラファー・ 生津勝隆さんとの合い言葉は「行き当たりバッチリ」。
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