COLUMN
かみやまの娘たち

 

ここ徳島県・神山町は、多様な人が
すまい・訪ねる、山あいの美しいまち。

この町に移り住んできた、還ってきた女性たちの目に、
日々の仕事や暮らしを通じて映っているものは?

彼女たちが出会う人・景色・言葉を辿りながら、
冒険と日常のはじまりを、かみやまの娘たちと一緒に。

写真・生津勝隆 文・杉本恭子 イラスト・山口洋佑
 

vol.26 「移住4年目、“ここにいる理由”が言葉になってきた」〈徳島県・神山町〉

INTERVIEW 「神山つなぐ公社」ひとづくり担当/森山円香さん


今年の春、神山つなぐ公社のひとづくり担当、森山円香さんは神山町に来てから4度目になる春を迎えました。

 

「この3年間の手応えは?」と聞くと、「どうでしょうねぇ」と考えこむ横顔になった森山さん。一言一言の、言葉を置くようにして話し始めました。

 

「自分ができることは重ねてきたなぁという感じはありますかねぇ。何かの結果を出すというよりは仕込みのことが多いので、それがこれからどう展開していくかという感じですけど」。

 

今回のインタビューは、森山さんがこの3年間に「重ねてきたこと」を振り返るところから始まりました。

はじまりは「学校と地域を結ぶこと」

初めてインタビューをしたとき、森山さんは「先生みんなでごはん」という企画のことを話してくれました。「保育所から高校まで、町で教育に関わっている先生たち同士が知り合うことからはじめたい」から、と。

 

この企画は、いろんな動きの種になりました。「もっと町を知りたい」という先生たちのための町内バスツアー。そして、先生方の交流から、神領小学校と城西高校神山分校(現:神山校)との連携授業が生まれました。そういった積み重ねの末に、高校では、地域と連携する授業「神山創造学」がはじまりました。

 

地域と高校がともに授業をつくることは、高校のあり方を捉え直すことにつながり、結果的には高校再編の起点になりました。

「最初は、地域で学ぶことが当たり前になるようにと『神山創造学』をはじめて、そのなかで生徒たちの基本的なコミュニケーション・スキル ーー『人に伝える』『聞く』『協働する』なども扱っていくようになりました。

 

農業科目の授業では、造園土木科の生徒たちと、大埜地の集合住宅の緑地を鮎喰川流域の植物でつくる『どんぐりプロジェクト』。生活科の生徒たちが地産地食のメニューを考えてつくる『お弁当プロジェクト』や神山町に伝統的に見られる石積みを修復する『石積みプロジェクト』など。地域の自然・景観、環境との関わり、食農の取り組みを授業として取り入れていきました。

 

『3年間で何を学ぶか』が見えてくると、今度はその内容を求める生徒が来れるように”入り口”を工夫する必要がありました。体験入学などでは、こういった授業内容やまちのことを知ってもらう企画を入れて、できるだけ”入り口”でのギャップをなくすようにしています。

 

また、この高校が目指す方向性に共感して、あるいは理解して入学する子を増やすために、県外からも生徒を募集することにしました。だから、県外募集の本当のねらいは「県外から来てもらう」とか、「若年人口を増やす」というところではないんですよね。

『じゃあ、卒業後はどうなっていくの?』という”出口”の部分については、神山を好きになって、『ここで暮らしたい』『ここで働きたい』と思う子が出てきたときにそうできる状況をつくらないといけません。

 

『神山には仕事がない』と思われがちですが、むしろ人手不足の面があり、公社の他のメンバーたちが町の仕事の見える化に取り組んでいます。また、高校生たちに対しては仕事観の醸成を図るインターンシップの取り組みも始めたところです。

 

今は、高校3年間の内容に加えて、”入り口”と”出口”の部分も整えていこうとしている感じですね」。

町における学校の役割を
捉え直すときが来ている

2019年春、「城西高校神山分校」は「城西高校神山校」に生まれ変わり、「造園土木科」と「生活科」は、「地域創生類」の『環境デザインコース」「食農プロデュースコース」にリニューアルしました。

 

学校は町をつくる礎のひとつでもあります。町の変化は高校に、学校の変化もまた町に影響を及ぼします。これから、城西高校神山校と神山町はどんなふうに関わりあっていくのでしょうか。

「今までプロジェクトベースで進んできたものを整理して、これからの公立高校のあり方、町における役割を考えると『3つの軸』があると思います。

 

ひとつは、農業高校としての『専門性の高い教育環境』。マイホームを建てて庭づくりをする時代ではなくなった今、四国で唯一、造園教育を行っている高校として『これからの造園』をどう捉えるのか? それはまさに、集合住宅づくりで考えてきたランドスケープ・デザインの概念がヒントになるので、『どんぐりプロジェクト』を展開してきたわけなんですけども。

 

それには、先生たちや私たちが『造園教育とは何か』『環境デザインは社会のどこに接続するのか』を改めて考えることが大事なので、外部の専門家から生徒が学ぶと同時に私たちも一緒に学んでいる感じです。

 

もうひとつは『景観保全の担い手』としての高校。高齢者宅の庭や畑を高校生たちが整備する『孫の手プロジェクト』や、地域の崩れかけている石積みの修復をする『石積みプロジェクト』のように、高校があることで、地域の景観が保たれたりより良くなることはとても大きな価値だと思っています。

 

最後は、『生産・交流拠点』としての高校です。まだ、これはアイデアベースですが、芝生の校庭でいろんな農家さんが作物を持ち寄り人が行き交うような『校庭マルシェ』ができたらいいかもしれない。あるいは、主要農作物種子法の廃止を受けて農作物生産への不安が高まる中で、高校という公共性の高い施設が地域性種苗を取り扱ったり固有種を守るシードバンクの機能を持っているのがすごくいいのではないかという話もしています。神山校は『神領ユリ』という絶滅危惧種の保護活動に取り組んできたので、その文脈にも沿っていますから。

 

以上については、町から高校への期待として、町長からも正式に伝えられました。これまで2年ぐらいかけてやってきたものが、やっとひとつにまとまってきた感じがあります。

 

今は、『ミネルヴァ大学』『N高校』のように、校舎を持たずに授業をすべてオンラインで行いながら、優秀な人材を生み出す教育機関もあります。従来通りに、高校生が知識や技能を身につける場というだけでは、学校の存在意義が弱いというか。なぜここにこの学校が必要なのか問い直すなかで、場所性を高めていく必要があるなと思ったんです。

 

そう考えると、『まちにおける高校の役割』は、もっと広くこれからの社会における学校の価値にも重なってくる。方向性は間違っていないなと思っています」。

神山校は2019年度「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」に申請し、指定校に選ばれました。夏以降、また新しい動きが始まります。

これからの「公共のあり方」を
考えてみたくなってきた

森のなかに湧く清水がせせらぎになり、やがてはひとつの川の流れになるように、森山さんが取り組んできた数々のプロジェクトも大きなうねりになりつつあります。

 

森山さんは、自分の仕事を語るときに「手でこねこねする」とか、「手のなかに少しずつ形ができてきた感じがある」とか、「手」のメタファーをよく使います。高校の再編も、町と高校の関係性の捉え直しも、そのプロセスのすべてに森山さんの「手」の跡が感じられます。

 

これから、その手の感触を通して、森山さんは何をつくろうとしているのでしょう。森山さんは今、どんなことに興味を持っているんですか?

「あー、それで言うと、農業高校、公立高校の挑戦という意味で、意義があるし面白いんだけど、もうひとつ広がったというか……なんて言ったらいいかな、ちょっと言葉がうまく見つからないんだけど……、『これからの公共のあり方』みたいなところは、すごく興味があるなと思っています。

 

先日、役場や公社のメンバーがオーストリアのリンツという都市を視察したのですが、人口3〜4000人規模の自治体でも、役場職員は正規5人とパートが数人くらいらしいんです。どうやったらそれが成り立つのか、これまでの自分たちが持っていた概念に、頭打たれる感じがして。今、もっと詳しく調査を進めているところです。

 

総務省の「自治体戦略2040構想」研究会で、『2040年までに公務員は今の半数で行政を支える必要がある」という提言がありました。これまで当たり前だと思っていたことを、再構築しなければいけないときではあると思います。

 

神山町は、公社というパブリックカンパニーをつくりました。いまやっているのは、人口5300人規模の自治体で公共のあり方を模索する試みだと思っています。この試みを積み重ねた先に何が見えてくるのか? あるいは、もっと大きな規模の自治体においてはどんなパブリックカンパニーを設計するのか、どう機能させうるのかということは、興味があるところなんですよね。

 

アメリカなどでは、議会が公共政策学修士などを持っている都市経営の専門家などを”シティ・マネジャー”として任命し、その自治体が重点を置いた政策の実行を担うという制度を採用しています。

 

日本において、その制度を導入することが良いかどうかはまた別の話なんですけども、公社はシティ・マネジャーをチームで実装しているというか、”シティ・マネジメント・チーム”みたいなものだなと思うと、すごくしっくりきたというか。私たちが試みている可能性は、これなんだなと思えたんです」。

前しか向いていないエネルギーが
この3年間を支え続けた

ここまで話を聞いていて、「ああ、森山さんは、神山に来た理由がやっと言葉になったのだな」と思いました。

 

来たばかりの頃は「前しか向いていないエネルギーに惹かれて」とか、「ここならできそう」みたいな、直感的な言葉で語られていたのだけれど、きっと森山さんが本能的に嗅ぎとっていた”可能性”はこれだったんですね?

 

「そうです。直感で、ねえ(笑)」

 

こういうときの森山さんの笑顔、あいかわらず眩しいです。

 

でも、ちょっと思うんですよね。「言葉になる」ということは、「過去になる」ということでもあって。森山さんのなかで、まだ言葉にならない段階の、直感によって次に進むべき方向性が見えてきているんじゃないかな、って。

「あのとき話した『前しか向いていないエネルギー』みたいなのは、本当にそのままで。一つひとつを見ると苦戦したり、いろいろ問題が起きたり、立ち止まって考えることもあるけれど、総じて『やるべきことをやろう!』みたいな良いエネルギーがあるから、なんだかんだものごとが進んでいくのだと思います。

 

私自身としては、高校がこれだけ変わるなかで、『来年はいなくなります』なんて、とてもとても言えない。ただ、さっきみたいな言葉が出てくるようになって、非常に悩むというか。ご存知の通り、自分で企画して実行したい、やりたい派の人間なので。うーーん。

 

離れたい気持ちもあるんですよ。離れて、ちゃんと現場にフィードバックできる研究というか、アカデミックな視点を自分のなかに持っておきたい気持ちもあります。この先のいつか、そういう時期を置くこともそれはそれでいいんじゃないかと思ったりはします。

 

まあ、人生100年時代なので、この1年、2年でものごとを考えないようにしようと思っていますね」。

 

 

最後に、「プライベートも含めて、今やりたいことは?」と聞いてみたら、「味噌作りかな」と返ってきました。「せっかく神山にいるんだから、味噌ぐらいは作りたいなあ!」。

 

そして、独自に編み出した「野菜ストレス解消法」を教えてくれました。

 

なにか嫌なことがあったときは、自宅の畑の野菜を「爆食い」するそうです。ただし、食べ方にはコツがあって、「カッカしている時のイライラには冷たいサラダでシャキッとする」「心がひんやりするような悲しいもやもやの時は温かい野菜鍋を食べる」とよい、とのこと。

 

「めっちゃいいんですよ、これ。全人類にオススメしたい」。

 

このようにして、森山さんは今日も元気です。まだまだ、いろんなお話を聞きたいのですが、それはまた次の機会に。

偶然、通りかかった農家さんに無農薬の白菜をいただきました。

 

 



森山さんのこれまで

 

▼第一回目(2017.03.15)
「なんだろう? このまちの、前しか見ていないエネルギーは」

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▼第二回目(2017.12.11)
「引っ越してきた子も通ってくる子も。神山で育つ子はみな“まちの子ども”です」

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▼第三回目(2018.09.25)
「神山の高校で学んでほしい“場所を見る視力”って?」

 

 

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かみやまの娘たち
杉本恭子

すぎもと・きょうこ/ライター。大阪府出身、東京経由、京都在住。お坊さん、職人さん、研究者など。人の話をありのままに聴くことから、そこにあるテーマを深めるインタビューに取り組む。本連載は神山つなぐ公社にご相談をいただいてスタート。神山でのパートナー、フォトグラファー・生津勝隆さんとの合い言葉は「行き当たりバッチリ」。

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