COLUMN
かみやまの娘たち

ここ徳島県・神山町は、多様な人が
すまい・訪ねる、山あいの美しいまち。

 

この町に移り住んできた、還ってきた女性たちの目に、
日々の仕事や暮らしを通じて映っているものは?

 

あるいは、地方創生という国の大きな流れは
一人ひとりの人生の細部にどんな影響を及ぼしている?

 

彼女たちが出会う人・景色・言葉を辿りながら、
めいめいの変化と、神山町で起きていることを追いかけていきます。

 

冒険と日常のはじまりを、かみやまの娘たちと一緒に。

 

 

写真・生津勝隆 文・杉本恭子 イラスト・山口洋佑

vol.08 バングラデシュから神山へ。もじゃさんが選んだ地域の暮らし

 

INTERVIEW 地域おこし協力隊員 川野歩美さん

 

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神山でお店に入ると、『里山みらい新聞』というタブロイド版のフリーペーパーをよく見かけます。企画・発行は、同名のNPO法人「里山みらい」。2015年、神山町の地域おこし協力隊メンバーたちが設立し、現在も4名の隊員がプロジェクトスタッフとして活躍しています。

 

2016年の春に神山にやってきた川野歩美さんもそのひとり。青年海外協力隊としてバングラデシュで2年間活動したという、ワイルドな経歴もある人です。

 

愛称は 、ベンガル語で「おいしい、楽しい」を意味するという“もじゃ”。名前のせいというわけではないけれど、神山の人たちは「もじゃさん」と口にするとき、おいしいものを食べるときみたいな良い顔をします。

 

バングラデシュから神山という不思議なルートが、もじゃさんのなかでつながったわけを聞くと、“地域”という言葉が返ってきました。

 

「バングラで、地域のお母さんたちと一緒にわいわい言いながらやっていた活動がすごい楽しくって。日本に帰ったら、山と川のあるまちで同じような仕事をして暮らしたいなあと思っていたんです」。

 

もじゃさんは、バングラデシュでどんな活動をしていたのでしょうか? まずは、当時のことを少し聞かせていただくことにしましょう。

スーパーのバナナは、
どこで誰が育てている?

 

もじゃさんは千葉県・四街道市出身。大学で国際文化学を学んだのち、「語学を生かして日本と世界をつなぐ仕事をしたい」と国際貨物輸送代理店に3年間勤務。2014年に青年海外協力隊としてバングラデシュに赴任しました。どうして、仕事を辞めてまで青年海外協力隊に?

 

「なんででしょうね? きっかけはいろいろあるんですけど……。途上国に興味を持ったのは大学生のときです。当時、朝バナナダイエットが流行って、スーパーからバナナが消えるという現象が起きていて。『そういえば、安いし栄養もあるし手軽に食べるバナナはどこから来ている?』をゼミのみんなで調べたんです。

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そのとき、主な産地であるフィリピンの農場では、児童労働の問題があり、農薬で健康被害に遭う人もいることを初めて知り、すごいショックを受けました。自分がふだん、なにげなく口にしているものが、知らず知らずに誰かの犠牲のもとに成り立っているということが、ずっと心に残っていて。

 

もっと生産者と消費者が身近な存在になれば、お互いもっと幸せになれるんじゃないかと思いました。生産者の暮らしぶりに想像を馳せて、どういう人がどういう風に作ったものなのかを考えるだけで、いま口にしている食べ物にさらにありがたみが増します。また、どういう人がどんな風に食べているのかが見えれば、作り手も働くことのやりがいにつながったりするかもしれない。

 

でも、自宅の畑で野菜を育てていても、途上国の人の暮らしはわからないし、作り手の苦労や喜びもよくわからない。いっそ、その世界に飛び込んでその人たちと共に暮らしてみよう、と思ったのがバングラ行きを決める一つの要素にはなっていると思います」

「バングラデシュって、どんな国だ?」

 

青年海外協力隊に応募したとき、もじゃさんが志したのは“コミュニティ開発”の仕事。応募書類の赴任先には、第一希望にペルー、第二希望にジャマイカ、第三希望にはネパールと書いたそう。しかし、届いた合格通知に書かれていたのはなんと「バングラデシュ」。

 

あまりにも予想外の結果にもじゃさんもビックリ。「バングラデシュってどんな国だ?」と、Wikipediaで調べたほどでした。

 

「コミュニティ開発の仕事は、赴任先によって違っていて。たとえば、ペルーなら『小学校で有機野菜を栽培して給食にする』とか、ジャマイカなら『一村一品で地域の特産品を商品化する』とか。バングラでは『地域住民のグループ活性化支援』。そういう仕事には興味があるので行ってみようと思いました。

 

袋で野菜を栽培する方法を教えるワークショップ。土をつくっています(モジャさんは右端、後姿)

袋で野菜を栽培する方法を教えるワークショップ。土をつくっています(もじゃさんは右端、後姿)

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バングラでは、現地のNGOで住民20人ぐらいのグループをつくり、その人たちが生活向上していくための支援に入っていました。たとえば、家の隅で袋の中で野菜を栽培できるやり方を教えたり、地元の人たちや近くの農業大学の教授に教わって、牛糞とミミズ、バナナの木を刻んでまぜて有機肥料をつくる方法を考えたり。

 

現地で土地を持たずに農業に従事する人は、日給が150円くらい。でも、この有機肥料を売れば1kg15円になります。「肥料をつくって地道に売りましょう、栄養価の高い野菜を自分たちで育てて食べましょう」と呼びかけていました。

 

バングラは、ものすごくエネルギッシュだから、すっごい楽しいけど、すっごい疲れる(笑)。おうちにごはんを招待する“ダワット”という文化が根付いていて、外国人はすぐに誘われます。私は、呼ばれたら行くスタンスでいたので、初対面でも突撃していました。

 

ある日のダワットのようす。

ある日のダワットのようす。

バングラの食事は、1日3食、365日カレーです。ただカレーの種類は豊富で、家にあるいちばんいいものでつくったカレーを食べさせようとしてくれる。おもてなしの精神がすごいんです。食べ終わったら『そこのベッドで寝ていいぞ』と言われます。食べて、人の家のベッドで寝て、お茶飲んで帰る、みたいな(笑)。

 

ただ、ずっとカレーはさすがにしんどかったので、カレー用の豆を煮てお砂糖を入れて餡子にしようとしたり、納豆菌を培養して納豆にしてみたり。現地で手に入る食材で日本食をつくる方法も日々研究しました。あと、ぬか床もつくりました。『鳥の餌だぞ、それ!』と言われながら米ぬかをもらってきて野菜を漬けて。このぬか床は、私が帰国するときに後輩の隊員に受け継ぎましたね」。

神の山という地名に惹かれて

 

南アジア最貧国と言われるバングラの人々の暮らしは、もじゃさんの“豊かさ”に対する価値観を大きく変えました。お金はなくても分け合って食べ、畑仕事の合間にみんなでお茶を飲む時間や、家族で過ごす時間を大事にする。モノはなくても生きる力はパワフル。

 

「本当に豊かであるってどういうことだろう?」と考えたもじゃさんは、「日本の地域で暮らそう」と心に決めて帰国します。

 

「神山という地名はバングラにいたときに知りました。『帰国したら地域で仕事をしたい』と話していたら『徳島県の神山町は新しいことがいろいろ起きていて面白いよ』と、バングラの協力隊仲間に教えてもらいました。

 

『神の山』ってすごい地名だなと思ったから、印象に残っていて。帰国したときに思い出して調べたら、町役場のWebサイトがすごいオシャレなのにびっくりしました(笑)。そこで、地域おこし協力隊を募集していました。しかも活動内容が、「農」と「食」に結びつくものだったので、興味にドンピシャで。別に、地域おこし協力隊じゃなくてもよかったんです。たまたま、たどり着いてしまったのが神山だった、みたいな感じなんですけど。

 

去年の2月末、面接のために初めて神山に来て『うわあ、めっちゃいい!』と思いました。鮎喰川沿いにずーっとのぼってくる間、もう窓にずっと釘付け状態で。『これだ、理想の場所だ』みたいな。その日の夜、岩丸さん(*)の家で飲んで、『なんだ、このウエルカムな空間は?』ともう全然不安はなくて。

*NPO法人グリーンバレー理事 岩丸潔さん

 

翌日は、先輩隊員の方に町内を案内してもらいました。ちょうど「阿川の梅まつり」の日で、一面に梅の花が咲いているなかで、オープニングセレモニーに餅まきがあるんです。おじいちゃんおばあちゃんはすっごく楽しそうに餅を拾っている熱気がブオーッ!って(笑)。エネルギーがすごいな!って思いました」。

“地元のあたりまえ”を、
掘り起こす役割を担う

 

「里山みらい」は、里山暮らしの知恵や豊かな自然に対する謙虚な姿勢を受け継ぎ、持続可能な“古くて新しいみんなの里山”をつくろうとするNPO法人です。

 

たとえば、町外から移り住んだ人の目線で町内の“宝物”を見つけて、商品として開発して販売したり。神山の町の人の思いを伝える新聞「里山みらい新聞」の発行、「神山森あそび隊」などのイベントで親子で森に親しむ機会をつくったり。神山町にふるさと納税した人に「すだち住民証」を発行し、ふるさと便を送る「神山すだち住民課」も運用しています。

1万5000円以上のふるさと納税をした「神山すだち住民」の人たちには、神山の椎茸や「神山ルビィ(梅干し)」など、神山の旬の食材を詰め合わせた「おすそわけ便(ふるさと便)」を送ります。

1万5000円以上のふるさと納税をした「神山すだち住民」の人たちには、神山の椎茸や「神山ルビィ(梅干し)」など、神山の旬の食材を詰め合わせた「おすそわけ便(ふるさと便)」を送ります。

 

もじゃさんが最初に担当したのは「東京すだち遍路」。実は、神山町は日本一のすだち生産量を誇るまち。「東京すだち遍路」は、神山すだちの新しい食べ方やおいしさを発信しようという企画です。

 

「すだちは、葉陰で黄色くなったり、少し傷が入ったりするだけで“B品”とされ、10分の1くらいの値段で加工品向けに売られたり、捨てられてしまうこともあるんです。『東京すだち遍路』は、このB品すだちを生かそうと始まりました。

2016年は48ものお店が参加しました。

2016年は48ものお店が参加しました。

 

去年の6月、約1週間をかけて、『今年も神山のすだちを使って下さい』とすだちを持って東京の飲食店さんを回って営業しました。東京では、すだちを見せると『カボスですか?』と言われたり、知っていても『すだちといえばサンマ』というイメージしかなかったり。でも、いろんな飲食店の料理人さんの手にかかると、すだちを使ったラーメンやパスタ、ドリンクやデザートなどのアイデアも生まれます。

 

今年は、新たに『神山すだち国際ワークキャンプ』という取り組みもはじめます。すだち収穫期の神山はとにかく人手不足なので、まずは試験的に2週間に3名の国際ボランティアを受け入れる予定。これをきっかけに、神山すだちの可能性が広がるといいなと思っています」。

里山の日常にある尊さに
光を当てたい

 

もじゃさんは『里山みらい新聞』の編集・執筆も担当しています。

 

『里山みらい新聞6号(2017.3.2)』の特集は「神山の梅」。神山の梅農家であり、梅産業を担ってきた松本吉郎さん、藤岡仁人さんと、「里山みらい」理事長・有正あかねさんによる座談会記事をもじゃさんが執筆しています。

 

読んで驚いたのは、松本さんと藤岡さんの阿波弁の音が、とてもていねいに文字に写されていること。自分のネイティブでない方言を、読者に理解できるようにわかりやすく書くのは簡単ではありません。もじゃさんのお二人の言葉に対する敬意と愛情が伝わってきます。

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「地元の人たちと話して、みんなで蓄積してきた暮らしの知恵、まちを良くしようと活動してきたようすを聞くと、本当に尊敬するし多くのことを学ばせてもらっています。本人たちは『なんてことのない日常』だと思って話しているけれど、『当たり前じゃなくてすごいことなんだよー!』と思いながら聞いていて。

 

メディアでは、新しい事業や移住してきた人たちの暮らしが中心に取り上げられるけれど、その人たちはすでに高い発信力を持っていることが多い。なので、『里山みらい新聞』 では、ふだんスポットが当たらない人たちにスポットを当てることを意識しています。

 

たとえば、里山の会(神山の有機農家さんのグループ)の人たちが毎日虫を手で拾っていること。梅干しの漬け方を、試行錯誤してつくりあげてきた人がいること。『桜花連(神山町の阿波踊りの連)』のみんなが、『おー、きたんか!』とすんなりと新しい人を受け入れて、気にかけてくれること。神山の人たちは懐が深いんです。

 

神山では、いろんな新しいことが一気に起きています。その一方で、昔ながらの暮らしや地域のお祭りが淡々と繰り返されているのがすごくいいなあと思っていて。

 

私は、地元の人たちのなかに入っていきたいです。

 

『楽団どちらいか(阿波弁で「どういたしまして」の意、もじゃさんはトランペットとピアノ担当)』で地元のお祭りに出たり、『桜花連』で一緒に踊ったり。地元の人との飲み会で、気軽な話で盛り上がったり、本音を聞けたりするのも楽しい。

「桜花連」のみなさんと一緒に、踊ったあとにごはん。写真からもエネルギー感じます!

「桜花連」のみなさんと一緒に、踊ったあとにごはん。写真からもエネルギー感じます!

明王寺桜まつりにて「楽団どちらいか」で演奏するもじゃさん(左)

明王寺桜まつりにて「楽団どちらいか」で演奏するもじゃさん(左)

今年から「素人米」をつくることになった、江田の集落の恒例行事「五穀豊穣祈念の集い」にて。

今年から「素人米」をつくることになった、江田の集落の恒例行事「五穀豊穣祈念の集い」にて。

この間は、すだち農家グループ『みどり会』の飲み会で、狩猟免許を取ったすだち農家さんと話が弾んだことがきっかけで、イノシシの解体を一緒にさせてもらいました。今年から始めた『素人米』も、飲み仲間のおっちゃんに声をかけてもらって始まったもの。耕運機で田起こしをしただけで筋肉痛になるし、田んぼの水管理は本当に大変みたいで、『お米をつくる苦労を私は一ミリも知らなかった…』と痛感します。

 

今は、里山の暮らしの担い手不足を、旅の力で解決できないかなと考えています。

 

たとえば、阿波の伝統農法のコエグロづくりを体験する旅、とか。コエグロは自然循環型のすぐれた堆肥づくりですが、高齢者にはハードな作業で継承が難しくなっています。でも、里山の営みを楽しみながら支えたい旅人はいるかもしれません。そんな仕組みをつくれたらいいなあ、とぼんやり考えています。みんなで農作業をした後のごはんは、格別においしいですしね。

 

自分の食べるものをできるだけ自分でつくって、作り手の苦労を知ったからこそのおいしさや喜びを、いろんな人と共有したいですね。私は、食いしん坊の旅好きなので」。

 

 

最後にもう一度、「食べる」話に戻ってきました。

 

もじゃさんの旅は、「バナナ(あるいは、今食べているもの)はどこの誰から?」という問いからはじまり、神山で暮らす今もなおその答えを探し続けているように見えます。

 

自分が食べているものをつくってくれた人に、ちゃんと「ありがとう」を言いたい。誰かを不幸せに追いやることなく、食べることの幸せを感じたいという願いが、もじゃさんにはあるのだと思います。「神山で畑仕事をした後に食べるごはんのおいしさ」は、その願いがかなうところにあるご褒美のようなものかもしれません。

 

もじゃさん主催の「里山暮らし体験ツアー」が実現するのはそう遠くない未来かも? 次は、もじゃさんや神山の農家のみなさんと一緒に畑仕事をした後に、もじゃさんにインタビューをしてみたいと思います。

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INFORMATION

NPO法人里山みらい

『里山みらい』には、いろんな経験と特技を持つメンバーが集まっています。理事長の有正あかねさんは、自然学校のネイチャーガイドをしていた経験を生かして親子で森を楽しむ『森遊び隊』の企画を実施。集落に入って棚田の再生をしている植田彰弘さんは、カメラマンでもあります。神野昌子さんは、すだちをはじめ、神山町でたくさん採れる柑橘類で酵素ジュースを開発・販売する道を模索中。それぞれの興味で、まちの未来をつくる活動をしています。
現在、神山町では地域おこし協力隊を継続して募集中。
『里山みらい』のみなさんと一緒に、里山のみらいづくりに参加してみませんか?

 

 

▼地域おこし協力隊募集中
http://satoyama-mirai.jp/news/627

 

 

かみやまの娘たち
神山つなぐ公社

2016年に策定された創生戦略「まちを将来世代につなぐプロジェクト」の実現に向けて設立された一般社団法人。連載「かみやまの娘たち」では、つなぐ公社で働く女性たちを中心に、神山で生きる女性たちをインタビュー。記事制作は、神山在住のフォトグラファー・生津勝隆と、京都在住のライター・杉本恭子が担当しています。

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