COLUMN
かみやまの娘たち

ここ徳島県・神山町は、多様な人が
すまい・訪ねる、山あいの美しいまち。

 

この町に移り住んできた、還ってきた女性たちの目に、
日々の仕事や暮らしを通じて映っているものは?

 

あるいは、地方創生という国の大きな流れは
一人ひとりの人生の細部にどんな影響を及ぼしている?

 

彼女たちが出会う人・景色・言葉を辿りながら、
めいめいの変化と、神山町で起きていることを追いかけていきます。

 

冒険と日常のはじまりを、かみやまの娘たちと一緒に。

 

 

写真・生津勝隆 文・杉本恭子 イラスト・山口洋佑

vol.23 「顔を見て、言葉を交わしながら“珈琲”をつくりたい」〈徳島県・神山町〉

INTERVIEW 豆ちよ焙煎所/千代田孝子さん

2018 年春、神山の寄井商店街に「豆ちよ焙煎所」がオープンしました。

 

店主は、以前にも「かみやまの娘たち」でお話を聞かせていただいた千代田孝子さん。小さな手廻しロースターとともに珈琲の道を歩みはじめた、あの人です。

 

前回のインタビューのときは、「豆ちよ」という屋号はあるけれどお店はなく、こつこつと焙煎した珈琲豆を県内外のカフェに卸したり、定期・不定期のイベントに出店したり。「これから、どういうかたちでやっていくのがいいかな?」と考えているようすでした。

 

ところが、あれからすぐに神山町の「民家改修プロジェクト」によって改修された、 「寄井の家」のテナント入居者募集が始まりました。千代田さんは思い切って事業計画書を提出。選考を経てめでたく入居が決まったのです。

 

2018年2月7日には、3kg釜の本格的な焙煎機「FUJI ROYAL ROASTER R-103」を設置。約1年の準備期間の後、4月15日に「豆ちよ焙煎所」がオープンしました。

「豆ちよ焙煎所」のはじまり

「豆ちよ焙煎所」は、徳島バス「寄井中」バス停から徒歩数十秒。いい季節には開け放たれる、通りに面した窓の向こうに、千代田さんの横顔が見えていました。ガラスの扉をスルスル引くと、おいしそうな焼き菓子(後述)や珈琲器具など、“珈琲の相棒たち”が並んだテーブルがあります。

 

「こんにちはー!」

 

千代田さんの声は、いつも明るくて、歌っているように響くのです。カウンターの奥には、新しい相棒「FUJIROYALROASTERR-103」が銀色に輝いていました。

「以前つかっていた手廻しロースターと比べると、焙煎できる豆の量は約 5 倍。珈琲豆屋としてはちょっと小さいけれど、今まで一晩かけて焙煎していた量を、1 ~2回で焼けるようになりました。味も、今まで見えていなかった味が見えてきてすごく面白いです。

 

手廻しロースターのときは、子どもが寝た後に夜な夜なひとりで焙煎していたんです。キッチンの真ん中にコンロを置いてロースターを回して……。集中して一気にやるほうが効率いいから、どうしても作業は夜中になりがちでした。

 

自分の思いのままに出す珈琲ならいいけれど、「お店で使いたい」と言ってくださる方が増えるに従って、もっとおいしい珈琲を安定的に出したいという責任感が芽生えてきていました。

生豆のハンドピック。不良の豆をていねいに選り分けます。

「ホントは機械は苦手なの」という千代田さん。最初はドキドキした計器類の扱いにもすっかり慣れて、新しい味の追求が始まっています。

焙煎は主に午前中に。寄井商店街にほんのり珈琲豆が焼ける香りがただよいます。

 

また、神山町の創生戦略をつくるワーキング・グループで、休憩時間に『豆ちよ』 の珈琲を片手にみんなが談笑している光景を見たことも大きくて。みんなのために、珈琲をおいしくつくることを考えると、手廻しロースターでの焙煎に限界を感じていたんですね。

 

ただ焙煎機を設置するとなると自宅のキッチンは手狭です。かといって、場所をつくるとなるとそれはまた大きな話になります。迷っていたとき、『寄井の家』の入居テナント募集を見て「ここなら!」と思いました。

 

寄井商店街に面していて、歩いている人の顔が見えるのは、ワーキング・グループのコーヒーブレイクのイメージにもリンクします。『あいさつを交わす場所にもなれる』というイメージもパッと見えました」。

日常の小さな積み重ねから
ビジョンが生まれる

「あいさつを交わす場所」というのは、珈琲豆の焙煎所の一般的なイメージ――大きな窯でざくざくと焙煎している作業場のような?――とは、ちょっと遠いかもしれません。

 

千代田さんのなかで「あいさつを交わす場所」というイメージが生まれたのは、子どもたちと一緒に朝の通学路を歩くようになったとき。いつもは車で行き過ぎていた景色が違って見えてきたのだそうです。

 

「あいさつを交わす場所」と「珈琲」のつながりについて、もう少し聞かせていただきましょう。

「歩いてみるとやっと暮らしている場所が見えてくるんですね。子どもたちと歩いていると『この道が通学路になるのはひさしぶりだから』と、ご近所の方が通学路に花を植えてくださったんですよ。そういうこともあって、『歩いて直接声を交わさないかぎり、人にはちゃんと出会えないんだな』と思ったのがきっかけです。

 

まずはあいさつを交わさないと、町のことやこれからの暮らしについて、一緒に話すことは始まらないんじゃないかなっていう実感があって。珈琲の仕事も、人の顔が見えたり声が聞こえたりする場所で、直接言葉を交わしながらやりたいと思っていました。

 

あいさつのような小さい毎日の積み重ねがあるからこそ、開く扉もあると思うんです。珈琲は日常の飲みものだから、日々のあいさつを交わすなかに、自分の珈琲があったらいいなという気持ちがより強くなりました」。

カフェではない、
珈琲の空間のあり方

千代田さんがつくる“珈琲”は、「飲む時間や空間や、カップを手にとるその人のタイミングも全部含んでいる」もの。

 

「豆ちよ焙煎所」をはじめた頃は、豆売りだけをすることに一抹の心細さも感じていました。

 

ところが「カフェではない、珈琲の空間」であることによって、「思ってもみなかったいいことが起きている」と言います。

 

しかも、今の「豆ちよ焙煎所」の空間は、千代田さんが最初に思い描いていた「あいさつを交わす場所」のイメージにも近づいているようなのです。

珈琲豆を買いにきたお客さんに応対する千代田さん。

「ほんのひろば@豆ちよ出張所」(本の貸し借りができます)。あの小さなロースターくんもここにいます。

 

「カフェや飲食店に行くと、テーブルに座って注文をして、“自分の空間”としてその場所を使いますよね。けっこうオープンなスペースでも、自分のなかは閉じていたりします。でも、ここでは居合わせる人の間で、自然に話が始まっていくんですよ。

 

私がドリップしていたり、豆を袋詰めしていたりすると、お客さん同士が話しはじめます。町内の人が町外の人を案内してくれることもあります。ここが、そういう出会いの場所になるとは思ってもみなかったし、すごく面白いです。

 

神山アーティスト・イン・レジデンスで滞在していた、アムステルダムの写真家 Yamandu Roos くんは、この空間と珈琲をすごく喜んでくれて、ここに作品を展示してくれました。珈琲袋をリサイクルしてハーブを植えて表に並べてくれたこと もあって。そのハーブがまたすくすく育っていったり、思いがけないことがどんどん起こっていくんですよ。

 

店主としても、カフェよりも焙煎所で豆を売るほうがものすごくしゃべります。

 

カフェなら、注文されたものをお出しして『ごゆっくりどうぞ』って感じだけど、『せっかく来て下さったのに、珈琲豆しかないんですけど』って豆の種類を説明したりとかね。『寄井の家』の成り立ちやペチカのことも、私がお話できる範囲でお伝えしています」。

寄井の家の断面図。赤色の部分が「ペチカ」。冬の神山に適した木質バイオマス暖房候補として設置された。2 階の住居部は移り住む人たちの「すみはじめの家」。

「まちの給湯室」みたいな場所?

毎日、「豆ちよ焙煎所」にはいろんなお客さんがやってきます。市内へのバスを待つ旅行者やお遍路さん。「毎日3時に珈琲を楽しむ」地元のご夫婦。すぐ近くにある「ENGAWA オフィス」で働く人たち……。

 

顔なじみの人たちは、お店の前を通ると車を減速して手を振ったり、車の窓をあけて声をかけてくれたり。毎週火曜日に地元の友人が届けてくれる、イギリス風焼き菓子「Elizabeth」を楽しみに買いにくる人たちもいます。

 

私たちに時間があるなら、千代田さんは試飲のための珈琲をドリップしてくれます。

 

「今の自分の感覚としては、『友達が来たから珈琲を淹れる』くらいのつもりです。 『無料で飲んでいいの?』と言ってくださる方もいるけれど、自分が出しっぱなしみたいな感じはまったくありません。

 

その分、本当にみなさんそれぞれに、私がほしいものを持ってきてくださったり、 聞きたい話をしてくださったり。金銭でのやりとりはなくても、私は充分に得ているんですね。

 

この間も、神山の高校を見学しにいらっしゃった男性とお話したら、後日とても立派なおたよりが届きました。『武士かな…?』と思うような筆書きのお手紙で、ちょっとビックリしたんですけど。

メールでやりとりしてみたら、なんと私が小学校のときに横浜で通っていた学習塾の先生だったことがわかってね。記憶はあいまいだけど、私もその方の授業を受けていたかもしれない。奇遇というか、そういう面白いことが起きるんですよね。

 

私ね、珈琲を淹れるということ自体が単純に楽しいんです。

 

珈琲は、夜寝る前というよりは朝起きたとき、仕事に行く前とか会議の前というように、『次がある』飲みものでしょう。日常のなかにありながら、日常から一歩離れられるところが好きです。ほんの 5 分くらいでも、そういう時間があると他のことがスムーズにいったりすることもあるから。自分としては「こういうことがありますよ」と差し出したいんですよね。

 

もし、しっかりと珈琲豆の販路を設けられたら、ここは町の給湯室みたいな場所としても成り立つんじゃないかと今は考えはじめています。夏は涼んでもらって、冬はペチカで暖まってもらって、ホッとしてもらうような場所として」。

見えてくる景色に対して
窓を閉じないでいたい

新しい焙煎機を使うようになって、珈琲の味にも「今まで見えていなかった味が見えてきた」と話す千代田さん。最初はドギマギしていた計器類の扱いにもすっかり慣れて、「おいしい珈琲を、安定的につくる」ことが叶うようになりました。

 

千代田さんの家族も、焙煎所に協力してくれています。こどもたちの通学は、朝は千代田さんが、帰宅時のお迎えは夫の裕樹さんが担当することに。また、デザイナーである裕樹さんは、「豆ちよ焙煎所」のデザインや Webサイトの構築のほか、ときにはお店に立つこともあります。

 

焙煎所がはじまって半年が過ぎた今、千代田さんにはまた新しい景色が見えてきているようです。

「お店ができて『やっとここまで来た!』と思ったら、また新しく見たい景色が出て来るんですよね。以前は、『おいしい珈琲をつくる』ことを考えてきたけれど、 これからは『おいしい珈琲を渡す』ことも考える必要があります。

 

販路をつくっていくとなると、通販の業務のためのスペースも必要だろうし、先々では焙煎機をもう一台ほしくなるかもしれません。いつかは、ひとりでは手一杯になってきて、心地よくおいしい珈琲をつくるためのチームがほしいな、とか。あとはやっぱり、一度は珈琲農園を見に行きたいですね。

 

ほんとに、一つひとつやっていくなかでしか、次が見えてこないというのは、自分自身としてもどかしいところなんだけど。これまでもなりゆきのようでいて、一つずつ納得して次の景色を見てきたので。今もまた、『次に何が見えてくるのかな?』 という状況です。

 

何がやってきても、ポジティブに「あ、いいね!」と言える自分でいたいな。

 

見えて来た景色に対して「なるほど、じゃあ私はこうしていこうかな」と、窓を閉 じないでいられたらいいなと思います」。

ちょっと日常から一歩外に出て、気持ちを切り替えるための一杯。次のどこかに向かう前にひといきをつく一杯。

 

珈琲を手にしているうちに見えてくる、ふっと新しい景色のことを知っていたら、 「思いがけないこと」「思いもよらないこと」に対しても窓を閉じないでいられるのかな? 千代田さんのお話を聞きながら、そんなことを考えていました。

 

もし、神山に行くことがあったら「豆ちよ焙煎所」を訪ねてみてください。スルスルっと扉を開けて、千代田さんの明るい声を聞いて、おいしい珈琲をいただいて、 珈琲の淹れ方も教えていただきましょう。

 

千代田さんのつくる「珈琲の時間」は、きっとあなたの人生の味方にもなってくれると思います。

 


豆ちよ焙煎所

〒771-3311 
徳島県名西郡神山町神領字北 85-3
https://mamechiyo.com/

 

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かみやまの娘たち
杉本恭子

すぎもと・きょうこ/ライター。大阪府出身、東京経由、京都在住。お坊さん、職人さん、研究者など。人の話をありのままに聴くことから、そこにあるテーマを深めるインタビューに取り組む。本連載は神山つなぐ公社にご相談をいただいてスタート。神山でのパートナー、フォトグラファー・生津勝隆さんとの合い言葉は「行き当たりバッチリ」。

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