ある視点
vol.21 切り拓く人たちのなかで立ち止まる。
高田友美さんとのインタビューは約1年ぶり。
いや実は、インタビューは2月にもしました。ただ、「記事にするタイミングは今じゃないかも」と相談して、改めて8月にもお話を聞かせてもらったのでした。なので、今回の記事は2回のインタビューを編み合わせた内容になっています。
2月のインタビューは、大粟山の中腹あたりにある「隠された図書館(Hidden Library)」で。8月は朝のしずかな「かま屋」にて。たゆたうように続く、高田さんのおしゃべりにゆっくりと耳を傾ける時間を持ちました。
彼女の今を、スケッチするようなイメージで書いてみたいと思います。
3年目の仕切り直しと、
改めて大事にしたいこと
前回のインタビューでは、大埜地の集合住宅と、その敷地内に併設される開かれたスペース「鮎喰川コモン」でのコミュニティづくりについて、話してくれた高田さん。
2月のインタビューでは、「いつまでたっても『こうなったらいいな』という夢物語から出て行かない感じがして」と言いながら、薪ストーブに手をかざしていました。「自分のなかに浮かぶイメージを、思うように形にできなくて」と。
大雪の翌日で、窓からは白い森が見えていました。
そして春、高田さんは仕事の面での大きな “仕切り直し”を経験します。
「『鮎喰川コモン』は、もともと、第一期(2018年夏)の入居と同時にオープンする予定でしたが、さまざまな事情から2020年度に延期になって。やっぱり、予定が変わったことに気持ちがついていけず、もんもんとした時期はありました。
でも、『2年間の準備期間ができたと考えよう』と気持ちを切り替えて。まちのキーパーソンに会いに行って話を聞いたりして運営体制を検討したりしていました。『鮎喰川コモン』をまちの人たちの居場所にしていくには、まちの人たちとの信頼関係をつくっていく必要がありますから。
私自身、町営の施設をゼロから立ち上げるのは初めてです。他の自治体の事例を調べたりしながら、『どうやって進めたらいいのか』を考えては立ち止まっていて。みんなにもいろんなアドバイスをもらって、言われたとおりやってはみるけれど、次にどこに進むべきかがわからなくなったり……。
その一方で、進め方を思い悩んで悶々とするあまり、私が好きな『人と人をつなげるとうれしい』ということも、去年はあまりできていなかった気がして。自分の能力を活かせていないんじゃないかという焦りもありました。筋力と同じで、使わないと技術や能力って衰えてきちゃうだろうなと思うから。
この春、集合住宅に関する業務の見直しのなかで、私はいったん『鮎喰川コモン』の担当を外れることになりました。最初は「えっ?」と思ったけど、全然思うように進められていないことへの申し訳なさもあったから、それも仕方がないと受け入れて。
今考えているのは、集合住宅の入居者さんたちの“住み心地”を良くすること。8月からは第一期入居者さんが暮らしはじめていますし、すでに第二期の入居者募集も始まりました。当面はそこに力を入れていくべきだな、と思っています」。
些細なことの積み重ねで
暮らしはつくられていく
2018年8月、大埜地の集合住宅に第一期入居者が引っ越してきました。高田さんは、各戸に備え付ける『住みこなしブック』の制作を担当。家や庭の手入れの仕方や、家の仕組みや設備の上手な使い方を「住む人の目線でわかりやすく」編集したファイルを完成させました。
集合住宅は、これから100年、200年をかけて住み継ぐことができるよう設計されています。『住みこなしブック』は、その1年目に暮らす人たちが、より良く住みこなすためのガイドであり、100年、200年先の住人に共有したいことを書き残す記録でもあります。
「『住みこなしブック』の制作で大切にしていたのは、設計者目線の説明を住む人目線に置き換えていくこと。その作業を通して、あらためて各戸の部屋の使い方の可能性も見えてきました。
本当に、100年、200年住み継がれるには、どんなコツや工夫をしておいてもらったらいいのか。住む人に住みこなし方を知ってもらうと同時に、住んだ人たちにしか知り得ないことを、履歴として残していってもらえるといいなと思っていて。
入居者のみなさんには、入居時に「家族紹介シート」に記入し、年に一回「住みこなしチェックシート」で不具合の有無や、手を加えたところについて記録を残してもらいます。家に傷や汚れがついたときも、その状況とあわせて書いてもらう。理由がわかっていたら、次の入居者さんが傷や汚れを見たときの受けとめ方も違ってくると思うんです。
他には、各家庭での生ゴミ処理のために、『バクテリア de キエーロ』(キエーロ葉山)の発案者を招いたセミナーを企画しました。とてもシンプルなしくみなので、『みんなでつくるワークショップを複数回企画するとよいかも?』などなど、いろんな策を練っているところです。
一つひとつはすごく些細なことなんだけど、こういう積み重ねで暮らしがつくられていくのかなぁと思っていて。ほんとに一つひとつだなぁって」。
畑で野菜を育てていると
仕事の悩みがリセットされる
今年、高田さんはプライベートで2つ、新しいことを始めました。
『おひーさんの農園チーノ』さんによる家庭菜園の会「ノラ上手」への参加と、神山町の阿波踊りの連『桜花連』での笛の練習。どちらも、けっこう夢中になってのめり込んでいるようです。
毎朝、早起きして畑に寄ってから仕事に向かうのは清々しく、「落ち込んでいても、畑に出ると気持ちを立て直せる」と高田さん。ときには、ノラ上手の先生が入れてくれたコーヒーを、朝の畑でみんなと一緒に飲むことも……。
なんだか、想像するにすごく気持ち良さそうな朝のはじまりです。
「ノラ上手も、笛の練習もいい意味でバランスを取ってくれる要素というか、のめり込んでやっていると、ニュートラルになる感じがしていて。
仕事は、ワクワクするだけではなくて、“きゅーっ”となっちゃうこともあります。パソコンの前で悩んでいるときに、『よし、日が暮れる前に野菜を収穫しに行こう』って畑に行くと、そこでいったんリセットされる。そしたら、夜ごはんを食べた後にもう一回頑張れるんです。
畑の野菜も、笛の練習も、すごくわかりやすく進化していきます。種を蒔いたら芽が出て大きくなって実が成るし、笛も一回毎の練習で確実に自分が吹けるようになっているのがわかる。そういう手応えがあるのはすごくいいですね。
ノラ上手をはじめてから、野菜はほとんど買っていないかな。私、畑は初めてじゃないんですよ。滋賀に住んでいたときも、小さな畑を耕して野菜をつくったことは何度もありました。でも、家からちょっと離れていて、自分だけでやっていると、種の蒔きどきを逃したり、草や虫に野菜が負けちゃったり。今回みたいに常に相談に乗ってくれる先生や一緒に頑張る仲間がいる菜園に参加するのは、今までにない楽しさがありますね。
今後、集合住宅の畑や野菜がいい状態になっていくことは、景観としても大切だし楽しみだなと思います。以前かかわったプロジェクトでも各家の区画に菜園が設けられていて、日曜朝に、家庭菜園のテレビ番組が終ったら、みんな一斉に畑に出てきて、菜園越しの会話が盛り上がるとかね。そういう風景が大埜地の集合住宅でも生まれるといいなと思います」。
「気になる」はアンテナ
あるいは、モチベーション?
高田さんの話のなかには、「〜というのが、気になる」「〜はしていないけど、気にはなっている」というフレーズがよく現れてきます。
「気になる」というのは、心が動いている状態があるということ。そういう意味で、高田さんはすごく活発に心を動かしているように見えます。そして、すごくたくさんの「気になる」から、「やりたいこと」「具体化したいこと」を見つけているように見えます。
そういえば、集合住宅の計画が始まったときも、「私は、鮎喰川コモンが気になって」と言っていましたよね? 高田さんにとって、「気になる」ってどんな感じなのでしょう。ぐいっと聞いてみました。
「えー?『気になる』を連発しているっていうのは、今日はじめて意識しました。そんなに言ってるかな、私。でもたしかに、『鮎喰川コモン』のことは気になっていたし、今は入居者のみなさんの住み心地のことが気になっていますね。
集合住宅の入居募集を担当しているのも、第二期で募集する単身シェアの運営を考えているのも、やっぱり最初に『これをどうするつもりなの?』って気になったからかな。
ただ、今やっている仕事の多くは私自身も未経験な分野で。『私が担ってやっていけるのか』『すでに手がいっぱいなのに、他の仕事と同時進行でできるのか?』と考えると、ためらいも出てきます。一つひとつ、自分が引き受けたことはちゃんと形にしていきたいんですよね。
つなぐ公社の立ち上げから約2年間、メンバーはみんな「切り拓く、進める」方にエネルギーの大半を投じていて、プロジェクトをバンバン進めていました。でも私は、切り拓くのとは違うところも大事にしたいと思っていて。
私としては、切り拓くこともしていきたいんだけど、どちらかというとチャンスを見て育むというか、できたものを大事にしていきたいというベクトルもあって。もしかしたら、ガンガン切り拓いていく仲間とは別な働きのほうが、自分が生きるのかもしれないなと思ったりもしますね」。
切り拓かれた場所を整えて、
記録に残していくために
「切り拓く」を完了させるには、段階ごとにいろんな仕事があります。森でたとえるなら、木を伐る人、運ぶ人、木を伐った跡を整えなおす人。そのすべてを「切り拓く」と呼ぶ、という見方もあると思います。
そう考えると、高田さんは「切り拓く」のなかでは「木を伐る」よりは、伐った木を運んだり、土をなだらかに整えたりするほうが「気になる」ということかもしれません。
この2年間、「切り拓く」のなかにいるご自身の役割について、高田さんが感じていることを聞いてみました。
「やりっぱなしにしたくないって気持ちは、強いほうかもしれませんね。
2017年7月から、東京都市大学の坂倉京介先生と神山町で「地域の手と資源でつくる集合住宅」研究を共同で行っています。私がこの研究を坂倉先生に持ちかけたのは、集合住宅が目指したことはどう実現されたのか、派生的にどんなことが起きたのかを、記録して検証できたらいいだろうと思ったからです。
研究の成果は、役場の人たち、町の人たちにもシェアされるし、他の地域の人たちにも活用されていくと思うんです。そうじゃないと、個別の事例として担当者だけが知っている事柄になってしまうなと思っていて。
良くも悪くも、先のことを考えてしまうところがあるのは、性格なのかな。
いや、もしかして年齢もあるのかな? 20代の私はもっと突っ走っていたと思うし、今までの仕事で失敗したこともあるから、『やりましょう!』と言えないときもあるのかもしれないなあ。
だけど結局は、住まいというか、コミュニティを育てていきたいということは相変わらずあります。そのやり方がわからないというところはありつつ、そこはやっぱり変わっていないですね」。
仕事のこと、家族のこと、人生のこと。
誰にだって、充実しているとき、葛藤してモヤモヤするときがあります。今の高田さんは、モヤモヤ多めの時期にさしかかっているのかな?と思います。
2月にインタビューをしたときは、「モヤモヤしている時期を書いていいのかどうか?」を自分に問う気持ちがありました。「せめて、その時期を越えたことを確認してから、書くべきなんじゃないか」と思ったからです。
でも、繰り返し高田さんの言葉をたどるうちに、「モヤモヤしているだけじゃないな」と思うようになりました。モヤモヤしながらも、ときどきキラッと光る道しるべを見つけているように思えて、「今のままの高田さんを書いてみたい」と思えたのです。
なんだか、『ヘンゼルとグレーテル』みたいな話になってしまいましたが、みなさんにも高田さんの“道しるべ”が見えてきて、それに共振するようにして自分のなかの“道しるべ”の感触を確かめてもらえていたら、すごくうれしいです。
では、今回はこのあたりで。半年先にいる高田さんに、大きく手を振って合図を送りたいと思います。
高田さんのこれまで
▼第一回目(2017.02.15)
「ここなら、経験してきたことをすべて生かせると思えた」
▼第二回目(2017.09.08)
「私の仕事は、コミュニティに命を吹き込むこと」
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杉本恭子
すぎもと・きょうこ/ライター。大阪府出身、東京経由、
京都在住。お坊さん、職人さん、研究者など。 人の話をありのままに聴くことから、 そこにあるテーマを深めるインタビューに取り組む。 本連載は神山つなぐ公社にご相談をいただいてスタート。 神山でのパートナー、フォトグラファー・ 生津勝隆さんとの合い言葉は「行き当たりバッチリ」。
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