COLUMN
かみやまの娘たち

 

ここ徳島県・神山町は、多様な人が
すまい・訪ねる、山あいの美しいまち。

この町に移り住んできた、還ってきた女性たちの目に、
日々の仕事や暮らしを通じて映っているものは?

彼女たちが出会う人・景色・言葉を辿りながら、
冒険と日常のはじまりを、かみやまの娘たちと一緒に。

写真・生津勝隆 文・杉本恭子 イラスト・山口洋佑
 

vol.25 「自分が食べるごはんを知ることは、人生を強くする」〈徳島県・神山町〉

INTERVIEW 「Food Hub Project 神山」食育担当/樋口明日香さん

樋口明日香さんは、以前は小学校の先生をしていた人。今は、フード・ハブ・プロジェクト(以下、フードハブ)で、主に食育部門を担当しています。

 

昨秋、城西高校神山校の調理実習室にいる樋口さんを見かけたとき、「あ、かっこいい人だな」と思いました。サバサバした明るさとビシッとした男気が同居する感じ。生徒のなかにスックと立つ佇まいがすごくかっこいい。惚れるなあ、と思いました。

 

でも、樋口さんに惚れているのは、どうやらわたしだけではないようです。

 

「今度、樋口さんにインタビューする」と言うと、神山の人たちは「待ってました!」というリアクション。ギャラリーの人々の熱気を背中に感じる気持ちで、樋口さんの席の向かいに座りました。

先生になろうと思ったのは、
小6のクラスが楽しかったから。

樋口さんは、徳島市内の海辺の町で生まれ育ち、小学校の先生になるために鳴門教育大学に進学。卒業後は、神奈川県海老名市内の小学校で10年以上働いていたそうです。

 

迷うことなく、小学校の先生になる道を選んだのは、6年生のクラスで体験した「楽しさ」が強く印象に残っていたから。いったい、そのクラスの何がそんなに楽しかったのですか?


「6年生のとき、担任の先生が子どもが自分たちで話し合って、自分たちで決めて進めていくようなクラスづくりをしてくれたんです。ところが、中学生になると先生に決められたことをするだけになって、一気に楽しくなくなっちゃった。

 

『もうちょっと、私たちでなんとかできるのに、先生が全部奪ってしまう』って。ちょっと極端ですけど、そんな風に感じちゃったんですね。

 

自分が楽しかったから、将来は小学校の先生になって、子どもたちが自分たちでやる楽しさを知っていくのを、そばで見ていたいなあと思っていました。その思いがすごい強くて、中学、高校と進んでもずーっと消えなかったから、そのまま教育大学に行ったという感じです」。

クラスを集団として見るか、
一人ひとりの集まりとして見るか。

小学校の教員になってすぐの頃は、大学で学んだ学級経営の実践を目指したという樋口さん。いろんなクラスを経験するなかで変化する、自らのベクトルに従って「一年ずつ、テーマを決めて取り組む」ようになったそう。

 

たとえばある年、樋口さんが担任する2年生のクラスに、「非言語でコミュニケーションをとる4人の子どもたち」が“交流”として入ったことがありました。彼/彼女らとのかかわりは、樋口さんの視点をぐるりと回転させるきっかけになりました。

「最初は、言葉で伝えることができない子どもたちとどうかかわればいいのか想像もつきませんでした。大学では、音楽の免許も取っていたので、『音楽だったらみんなで感じ合えるんじゃないか』と思って、試してみたんです。

 

音で投げかけたら、『みんなで一緒にやろう』と言葉で統制しなくても、音を通して子どもたちがつながっていきます。2人でやる手遊び歌も、3人、4人と増えていって、最後は子どもたち同士で声をかけあってみんなで輪になっているのを見たときは、もう最高だ!と思って。

 

このときから、音楽は私の学級経営の基盤になりました。

ピアノと音楽でクラスの子どもたちに働きかける樋口さん。


本当にいいタイミングでいろんなことが降ってくるんですけど。

 

その後に、クラスの中で困っていたり、やりにくさを抱えていたりする児童を支援する『特別支援教育コーディネーター(神奈川県では教育相談コーディネーター)』をやってくれないかと声がかかりました。引き受けてはみたものの、特別支援について勉強したこともないし、わからないことが多すぎてめちゃくちゃストレスで。

 

校長に『現場から出たい』と相談したら、大学で1年間特別支援について勉強する派遣研修の機会をいただきました。支援学校でも1ヶ月の教育実習を経験して、かかわり方を学ぶことができました。

 

すると今度は、子どもたちを“学級”という塊で捉えられなくなってしまったんです。

 

いわゆる学習指導要領は、子どもたちを集団として捉えて考えますが、支援学校では、一人ひとりの発達に合わせて支援計画を個別に組んでいきます。その知識を持って、通常学級の担任に復帰したときにけっこう混乱して、一人ひとりの子ども達を”集団”として見ることの苦しさが出てきて。

 

一人ひとりを大事にしたくなると、“集団”としてまとめることに違和感を感じるようになっちゃった。今まで見えなかったことが見えてくるのが面白いと同時に、“集団”にいる圧迫感みたいなものが徐々に積もっていくようになりました」。

先生のトークが圧倒的!?
人生を変えたお料理教室

特別支援教育(教育相談)コーディネーターの仕事を始めた頃、樋口さんはプライベートで料理も学びはじめます。きっかけは、多忙で自炊ができなくなっていた樋口さんに、同僚の先生が炊いてくれた「玄米ごはん」の味わい。

 

「なんでこんなにおいしいんだろう?」と思った樋口さんは、お米や食材、食事法に興味を持ち始めます。そこで出会ったのが『白崎茶会』という、一風変わった名前のお料理教室。

 

偶然にも、子どもたちとのかかわり方が変化するのと同じタイミングで、自らの食を捉え返すことになり、樋口さんの生き方もまた変わりはじめます。

白崎茶会 ステップアップクラスの「お弁当」講座。

白崎茶会 「おせちクラス」〜お煮しめだけは作りましょう〜

白崎茶会 ステップアップクラス「玄米バンズでオーガニックベジバーガー」


「一回目で、白崎裕子先生のトークにすごい衝撃を受けたんです。面白おかしいうえに、極めて論理的。『なぜ野菜はこう切るのか』『なぜ塩を入れるタイミングはそこなのか』『なぜ冷やすのか』と、すべてパーンと筋が通っているから、すごい知識が入ってくる。お茶も、食事もデザートもすごく美味しい。

 

一緒に集うメンバーもいい人ばかりだし、職場以外に友人ができるのも魅力的で、定期クラスに通うようになりました。

 

学校のほうも、音楽専科と特別支援教育(教育相談)コーディネーターの兼任というかたちになり、少し余裕を持って仕事に気持ちを入れられるようになっていました。ところが、異動した学校で再びクラス担任とコーディネーターを兼務してヘトヘトになってしまったんです。

 

仕事に追われて何もできなくて、帰り道で食材を買ったり家でご飯を作ったりする気力もない生活とのズレがひどくなってきて。料理学校では自分で料理する楽しさ、家でつくるおいしさを味わっているのに、『なぜ給食はこれなのかな?』と矛盾も感じてしまって。

 

『もう、学校をやめよう!』と思いました」。

「パン先生」として徳島に帰り、
フードハブプロジェクトに出会う

小学校に勤めた最後の1年間、樋口さんは『白崎茶会』で「免許皆伝パン先生クラス」を受講。「地粉(じごな)」と呼ばれる中力粉(うどん粉)を用いたパンづくりを教える「パン先生」の資格を得ました。

 

『白崎茶会』のパン先生は、地粉でパンを焼くことを通して「食べるものを選ぶ」という視点を伝えることを重視。パンはあくまでも”伝える手段”の一つとしてとらえられているのだそうです。

 

2016年の春、徳島に戻った樋口さんは、親戚の広い家を譲り受けて『徳島の地粉パン教室 un』の準備をはじめました。

地粉のベーグル

近所の小学校(上板町立高志小学校)で「地粉でピザ生地作り」をしました。


「自分でパン教室を開きながら、オーガニックな食を学びたいなあと思って探してみたら、ちょうど『WEEK神山』が徳島県の助成を受けて、地域農業振興アドバイザーの訓練生を募集していて。週4日で学びながら働けるのが魅力で応募しました。

 

訓練生はすでに決まっていたのだけど、樋泉さんが『今、神山町で農業の会社をつくるプロジェクトが立ち上がったから、話だけでも聞いてみたらどうですか?』と、フードハブプロジェクトの真鍋太一さんに繋げてくれたんです。

 

5月の末に、神山に来てフードハブの人たちに会って話を聞きました。『地元の食べ物を食べる大切さを子どもたちに伝える』とか、『専門分野の異なるメンバーと一緒に仕事ができる』っていうのでワクワクして、「じゃあ、なんでもやります!」と(笑)。

 

ほんとにすごい偶然だなぁって、今でも思います。
あぁ、出会ったなぁ、みたいな。

 

9月に社員になり、『かまパン&ストア』の立ち上げを担当しました。さすがに、学校の先生からの転職はあまりにも異業種すぎて、戸惑うことだらけだった。それ以前の飲食業の経験って、ケンタッキー・フライドチキンのアルバイトだけだったんですよ」。

子どもたちが食と出会う
きっかけをつくる人として。

樋口さんが、フードハブで初めて食育に関わる仕事をしたのは、城西高校神山校生活科(当時)の生徒たちと実施した「お弁当づくり」プロジェクト。神山の食材を生かしたメニューを考案してお弁当をつくり、神農祭(文化祭)で販売するという体験型授業です。

 

生徒たちは産食率を考えながら材料を選び、原価率もしっかり計算。仕入れコストや、地域内の関係づくりという面からも、地産地食の意味を学んでいきました。神農祭当日、完成したお弁当はあっという間に完売。「楽しかった、またやりたい!」と生徒から声があがり、もう3年続いているそうです。

 

現在は、神山つなぐ公社森山円香さんと連携しながら、学校と関わる機会も増えました。

お弁当プロジェクト初回:「みんなのお弁当、見せてよ」フードハブメンバーも、先生も、もちろん生徒たちも、お弁当を持ち寄って見合いっこ。ここからお弁当作りが始まりました。

2016年のお弁当プロジェクト:「ほくコロ弁当」100食(WEEKをお借りして朝早くから作りました)

「森山さんが企画した『神山創造学』の授業を神山校に見に行くうちに、面白いなぁと思い始めて。彼女は見通しがあって、理路整然とした提案や文書をちゃんと準備して、いろんなことを着々と変えていくんですね。『こうやって変えていくんだ!』とリアルにワクワクするし、難しさの乗り越え方としてすごく勉強になります。

 

昨年から、私も講師として学校の授業に入るようになって、より近く生徒たちのようすを見られるようになると、なんだろうなぁ……。うーん、私はやっぱり先生だなぁってすごい思ったんですよね。今のところ、学校に戻るつもりはないのだけど。

 

今の仕事のなかで子どもたちに教えたいこと、ですか?
“あたりまえ”のことをちゃんと経験する機会をつくりたいかな。

 

食べ物はどこから来て、どういうルートで口まで届くのか、身近な食べ物を自分の手でおいしくする方法とか、そういうあたりまえのこと。学校でそれを経験するということは、町内の子どもたち全員の原体験になります。

 

自分が生まれ育った地域内で巡っている食を、あたりまえに知っていることは、大人になったときに強い気がするんですよね。どこで誰がつくったのかわからないものを、ずっと食べてきた子どもよりも。

 

今は、子どもたちが食と出会うきっかけをつくる人だと思っています。自分自身が直接何かを伝えるのではなく、町のつくり手さんやフードハブのメンバーと子どもたちが出会う機会をつくることにすごくエネルギーを注ぎたいです」。

みんなの意見が反映される
今は「全体会議」が面白い

樋口さんが、フードハブにやってきてもうすぐ3年。入社当初に担当していた「かまパン&ストア」の立ち上げからも手が離れ、神山校だけでなく小学校での体験授業にもかかわるようになりました。

 

3年というと、新しいものごとがいったん落ち着いたり、冷静に見直せたりする頃合いではないかと思うのですが、今このとき樋口さんはどんなことにワクワクしているのですか? と、聞いてみたらちょっと意外な答えが返ってきました。

 

「えっとね、フードハブの全体会議です」。

 

えっ? 全体会議、ですか?


一方的に「聞く」のではなく、約20人のメンバーが意見を出しやすく、お互いの取り組みを知り合い学びあえる、全体会議をつくろうとしています。

「フードハブでは、月に1度全体会議を開催します。以前は、経営陣が会議を仕切っていたのですが、2018年10月から立候補制で委員が運営するようになったんですよね。『みんなでつくっていく』ことを軸に据えて。

 

毎回、みんなからのフィードバックを元に、4人の委員が『何を話すか』を組み立てて、会議が終わったら振り返りをします。全体会議そのものより面白いのが、その前後にする委員のミーティングなんです。

 

『あれはどう思った?』『あの場はどう思った?』と意見を出し合いながら、みんなでつくっている感じが、やっぱりすごく楽しいなって思います。

3月の会議では、一年の振り返りとして「続けたいこと」「抱えている問題」「次に試してみたいこと」をシートに記入。ペアで話し合いをしたそう。


みんなの意見が反映される組織をつくっているというか。そうじゃないところには、自分は全然いられないと思っているので、ははは(笑)。

 

学校を含めて、上から言われたことをバーンとやるのではなくて、自分たちの意思を持って目の前のことをつくっていく。それが民主主義の社会だと思うし、ちゃんと未来を良い方向につなげていくことを、まずは小さいテリトリーのなかで実現させたいなと思っています。

 

3年が経って、みんなそれぞれに力をつけてきているから、それが融合するのも面白いと思う。まだまだ、いっぱい矛盾はあるけれど、そういうのも吠えていきたいなと思います。『ちがうぞー!』みたいな(笑)」。

 

 

フードハブの全体会議の話が、インタビュー冒頭に聞いた小学校6年生のクラスのイメージにぴったりと重なりました。

 

「自分たちの意思を持って目の前のことをつくっていく」。

「自分の口に入るものがどこから来たのかをちゃんと知る」。

 

あたりまえのようで、あたりまえでなくなったことに「ちがうぞー!」とちゃんと言ってくれる樋口さんの佇まいに、私は惹かれるのだなぁと思います。

 

さて、フードハブの「活動日誌」では、全体会議のようすもレポートされています。いわば会議の議事録なのに、手に汗を握ってしまうスリルというか、熱いエネルギーを感じるし、読むとちょっと元気が出る。それが、樋口さんに会った後に感じる余韻に似ているような気がします。

 

よかったらぜひ読んでみてください。

 

 

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かみやまの娘たち
杉本恭子

すぎもと・きょうこ/ライター。大阪府出身、東京経由、京都在住。お坊さん、職人さん、研究者など。人の話をありのままに聴くことから、そこにあるテーマを深めるインタビューに取り組む。本連載は神山つなぐ公社にご相談をいただいてスタート。神山でのパートナー、フォトグラファー・生津勝隆さんとの合い言葉は「行き当たりバッチリ」。

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